盛岡タイムス Web News 2013年  10月  2日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉191 三浦勲夫 ユーモア


 深夜放送で青森県津軽地方出身のコメディアン、コミック・スクリプト・ライターである伊奈かっぺいさんが、ホールの聴衆を前に、2人の男女アナウンサーと軽妙なやり取りをしていた。「インフルエンザ」を「エンフルインザ」と間違えても通るのが津軽弁だと彼はいう。数々のユーモラスな笑い話を聞いて私は笑いをかみ殺し、体を震わせて笑った。草木も眠るウシミツドキである。ちなみに津軽弁と薩摩弁は難解方言の双璧(そうへき)なそうで、青森県と鹿児島県はそれが縁で姉妹県であるそうだ。

  良い笑いは人間関係をほぐしてくれる。家庭や社会での人間関係や国際関係がギクシャクしている現代にあって、窮境を乗り越えるには笑い、心のゆとり、誠意、コミュニケーションを含む種々の要素が必要である。それがないと衝突、戦い、戦争へと突き進む。

  国別の一般定評では、ユーモア(上品なしゃれ)ならイギリス、ジョーク(冗談、しゃれ)ならアメリカ、ウィット(機転、機知、頓知)ならフランス、などという。その国やその文化の「笑い」は文化基盤に根差すから、それが分からなければ面白さも分からない。同じ日本でも時代が違えば「面白さ」が通じにくい。方言ユーモアも方言がなくなっていけば通じなくなるだろう。逆に、漫画や笑い話から、その文化の一端を理解することもできる。

  ドイツの爆撃機がロンドンを空襲したとき、市民は地下鉄駅に逃れ、不安や恐怖をユーモアで乗り越えた。時のチャーチル首相は「英国人はあらゆる武器を取って最後まで戦う。スコッチ・ウィスキーの瓶でも」というユーモアを発するゆとりを持って国民の心をつなぐことができた。「大いに笑う」Have a good laughは英国人好みの生き方である。

  アメリカはジョークの国と言われる。テキサスの「ビッグ・トーク」が有名だがアリゾナの自嘲的ジョークもあるようだ。実際にミシガン州中部で聞いた話だが、アリゾナ出身の人がこう話した。「テキサス人はでかいことを言う。俺の牧場は車で回っても一日かかる。アリゾナ人は言うよ。俺の牧場も一日がかりだ。このポンコツ車でね」。心のゆとりが笑いを呼べば争いも軽減される。しかしアメリカは建国以来わずか230年。銃を取って主張を押し通す気風が強い。言葉が互いに通じない移民たちが主張を実力で通す場面が多かった。ミシシッピ州(のみ)は、いまだに南北戦争当時の州旗を維持していて、州民の間で賛否の議論が多いという。

  銃社会に生きるアメリカ人から見れば、日本は「謝る」あるいは「譲り合う」文化で、摩擦を避けてきたように映る。一般論としてうなずける。「すみません」「恐れ入りますが」「お言葉ではございますが」「僭越(せんえつ)ながら」などなど、頭を低くする言葉が多いかもしれない。Keep one's head down(頭を低くして危険を避ける、自重する、仕事に精を出す)となる。「負けるが勝ち」ともなる。

  言葉が通じない異文化では「誠意」が通じる。戦乱の絶えない中東のイラクやヨルダンに行き、医療器具や薬品を病院や治療所に届けている日本人女性は高遠菜穂子さんである。湾岸戦争当時、イラク兵の人質に取られたが、釈放されて帰国した。大きな非難も浴びたが、その誠意が兵士にも通じたと語る。人道支援は今も続けている。
   (岩手大学名誉教授)


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