盛岡タイムス Web News 2013年  10月  8日 (火)

       

■ 平民宰相、世紀を超えて 伊藤京大教授が講演 盛岡でシンポ 原敬総理就任から95年

     
   原敬の業績について語り合ったシンポの伊藤教授、奈良岡准教授、金澤会長、小沢氏(写真右側、左から)  
   原敬の業績について語り合ったシンポの伊藤教授、奈良岡准教授、金澤会長、小沢氏(写真右側、左から)
 

 原敬内閣総理大臣就任95周年シンポジウム(原敬を想う会主催)は6日、盛岡市大通3丁目のホテル東日本で開かれた。全国から約250人が参加した。京都大学公共政策大学院の伊藤之雄教授が基調講演し、地元の原敬ゆかりの人々を交えてパネルディスカッション。平民宰相の歴史的評価を語り合い、民主主義の発展を誓った。

  今年は1918(大正7)年に原敬が総理に就任して95周年にあたる。シンポでは原敬を想う会の熊谷祐三副会長が「薩長中心の藩閥政治から初めて原先生が平民宰相として本格的な政党内閣を組織したのは、盛岡、岩手の喜び、誇りだけでなく広く国民全体の喜びだった」と、会長の谷藤裕明市長の式辞を代読。

  伊藤教授は「原は苦難を乗り越えることで精神的な強さと穏やかさや、人間としての深みを身に付けた。政権を担当した後の1919年に宝積(ほうじゃく)という言葉を書くようになる。見返りを求めず公のため善を積む考えで、新聞記者時代から公利を求めなければならないと言っている。それが宝積」と、遺徳をたたえた。

  政治的な業績について、「第一次大戦後の新しい国際関係に適応しながら列強、アメリカとの協調外交を行った。当時の大統領はウィルソン主義を唱え、国際連盟を作るなど国際協調した。原はウィルソン主義を評価しながら一国の責任者として理想に走りすぎない慎重さを持っていた」と、外交感覚を評価した。

  「原は不安定な中に秩序の維持を重視し、漸進的に改革する。体制が悪いので一挙に変えてしまうような元気の良い議論がまかり通ることもある。原の言うように着実に変えていくのが大事で、原にあのような不幸なこと(暗殺)がなければ、日本の秩序はもっと安定していて、政党政治の腐敗も起こらず軍部の台頭もない。原が軍部をコントロールし続ける。政権は代わっても原のときに慣行を作り再度、原が政権を担当すれば軍部も押さえられる。原が政治を引退すれば宮中に入り、若い昭和天皇の側近となり、宮中からコントロールし、満州事変、太平洋戦争は起こらなかったのではないかと考える」と述べ、原の非命を悼んだ。

  シンポジウムには伊藤教授のほか、京大大学院法学研究科の奈良岡聰智准教授、原敬記念館元館長の小沢一昭氏、金澤林業の金澤裕臣会長が出席。想う会の木村幸治事務局長がコーディネートした。

  奈良岡准教授は「原と同時代の米英の指導者、米国はウィルソン、英国はロイド・ジョージの伝記はいまだに盛んで、新しい伝記が売り出されている。原の研究はたくさんあるが、残念ながら原の決定的な伝記は出されていない。きょうの講演は原の伝記の決定版のエッセンスが詰まっていた」と述べた。

  小沢氏は「印象に残ったのは公利という言葉。宝積の言葉の前には公利の言葉を使っていたことを考えたい」。金澤会長は「教科書には乃木大将の偉さは載っていても、原さんの偉さにはあまり触れなかった」と述べ、先人教育の重要性を訴えた。

  盛岡市の大槻由生子さんが「原敬妻あさ」を演じ、盛岡市立大慈寺小5、6年の児童が校歌を斉唱した。



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