盛岡タイムス Web News 2013年  10月  11日 (金)

       

■  〈潮風宅配便〉170 草野悟 まぶたの母、そして…


     
   
     

 あまり、ずぶん(自分)のことは書きたくないのですが、老い先短い母のために書きます。とはいえ、かなり元気な母です。

  なぜこんな格好をしているかと言いますと、88歳の米寿を迎えたからです。3人のきょうだいでお祝いをしました。ここまではどこにもある光景なのですが、実は私の母とは7歳の時に別れ、約50年間、音信不通、消息不明にありました。私も小さい時から「母はいない」ものと勝手に納得した生活を送ってきました。

  6年前、妹が「お母さんのいる場所が分かった。あんちゃんに会いたがっている」と連絡をよこしました。会社を退職し、岩手に戻ろうと決心した時です。それから、しばらくして3人のきょうだいと母、4人で会う場所が決まりました。いわき市小名浜のホテルです。岩手から車で向かう途中は、どんな顔して会えば、とか何て声を掛けようかとか、まさか本当に母親に会えるのか、とかとにかく複雑な心境でした。

  やがてご対面。「あ、こんにちは、どうも」と、ぎこちない社交辞令のようなあいさつに、弟、妹は「まったく感情がこもっていない」と怒っていました。妹と弟は涙で顔がぐしゃぐしゃでした。私は涙すらなく、いたって冷静風、冷麺のようでした。

  やがて、母が茶色に変色した紙を出しました。それは私が小学校1年の時に書いた作文でした。母のことが書いてありました。50年間、肌身離さず持っていてくれたのです。そこから毎年1回「母の会」をしようとなりました。きょうだいがそれぞれ担当することにしました。1回目は妹が担当しました。3回目に私の担当となりました。

  2011年の9月、東日本大震災の後です。大震災時は母も大変心配し、いろいろな物を送ってくれました。「あ、これが母親なんだな」と母の愛を人並みに感じました。繋温泉の四季亭を選びました。事情を知った林晶子おかみは、とても喜んでくださり、ずっと食事の席から離れませんでした。今年は弟が担当し、東京で会食となり、写真の金色のちゃんちゃんこを着せた次第です。ずぶんのことを書いてしまい大変申し訳ありません。この新聞を母に送ります。
(岩手県中核観光コーディネーター) 


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