盛岡タイムス Web News 2013年  10月  14日 (月)

       

■  〈幸遊記〉145 平川真作のアコーディオン 照井顕


 あれはちょうど1年前の2012年10月20日、美智子皇后さまの誕生日に行われたジャズマスター・穐吉敏子さんの東京・オペラシティ・コンサートを盛岡から聴きに行くツアーを企画し、僕のジャズ講座生たちと新宿のホテルに泊った日の翌朝、僕は中古レコードを探しに出かけた。だが店はまだ開いておらず、とっさに頭に浮かんだのは、そうだ!あの「ゴールデン街」。朝はどんな姿をしているのだろう?と行って見ることにした。(新宿ゴールデン街は、盛岡で言えば櫻山神社前の飲食店街みたいな所)。

  アーチになっている“ゴールデン街”の看板をくぐろうとした時、ふと、まぶたに浮かんだのは、平川真作さんという流しのアコーディオン弾きの姿だった。あれはもう25年前、昭和が終わる直前の真冬。ゴールデン街にある「シムラレン」というジャズの店に行こうとして、平川さんの立ち姿に、僕が立ち往生。「外で演(や)ってもらえますか?」と言うと「お兄さんにお似合いのタンゴでも演りましょうか」と弾いてくれた。

  話を聞けば、彼は昭和9年愛知の生まれ、上京して30年ということだった。「家が貧乏で、小学2年までしか学校に行けなかった。でも家の近所にすごいアコーディオン弾きがいたので、流れてくる音楽を聞いて、ハーモニカを吹き、字ぐらいは書けるようにと一生懸命勉強し、楽譜の読み方から弾き方まで教えてもらった」のだと。

  「大人になっても童謡かくせず」は僕のダジャレだが、平川さんは、童謡みたいな曲が好きで、自分でも作詞作曲した「しの竹子守唄」「いなご子守唄」「モグラの唄」なんてのもあるよと、言って笑った顔が素敵だった。

  当時ですら、新宿のアコーディオン流しは彼1人になってしまった様子を語りながら、少し寂しそうでもあったが、「野球の長嶋茂雄さんは、僕の演奏だと、いつもよく歌い、しかも上手なのだ!」と、誇らしげに話した彼は、今も元気だろうか?

  新宿ゴールデン街は、店1軒1軒のたたずまいが、実にアートで、その朝日があたるハーモニカのような長屋の店のほとんどを、僕は写真に収めてみた。それはまさに、絵画や彫刻、インスタレーションを見てるような芸術性に満ちあふれていた。
(カフェジャズ開運橋ジョニー店主)


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