盛岡タイムス Web News 2014年  4月   2日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉378 伊藤幸子 「ニッケル貨」


 ニッケル貨拾ひてくれて手の内に拭ひてわれの手の平に載す
                                   橋本喜典

 「四季の花の名札見ながらわが家へは煉瓦模様の道を来たまへ」と詠まれる昭和3年生まれの橋本先生。「短歌研究」2月号巻頭に「鼓動」20首が掲載されている。「いのちあるものの鼓動の緩急を思ひつつゆく落葉の道を」「理に適ふ呼吸をなして植物は彩りつくしやがて散りゆく」鼓動といい呼吸といい、先生は長く呼吸器系の疾患を抱えておられる。

  理に適(かな)う呼吸をして鼓動の緩急に合わせて掲出歌を味わってみる。「ニッケル貨 拾ひてくれて 手の内に 拭いて われの 手の平に載す」ここは先生のご自宅に近い煉瓦模様の遊歩道か。「アラアラ、お金落としましたよ」と声がかかり、そのご婦人は丁寧に一円貨を手で拭いて「どうぞ」と先生のてのひらに載せてくれた。おだやかな陽光のなかで、老境のお二人の会話が聞こえてくるようだ。こまやかな動作が余すなく見えてくるようだ。

  「改札口に手を振りたまふ視界よりわれは消えたらむエレベーターに」駅での見送り。私はホームで車両が動き出すまでの間のとり方も苦手だが、こんなふうにエレベーターであっという間に別れる場面も心が曇る。「われは消えたらむ」に、言いようのない寂しさがにじむ。一期の別れかもしれないのに「じゃあね、いずれまた」と幾度手を振ったことか。「『大阪に明日帰ります』と孫が言ふさうかこの子は結婚してゐた」離れ住む家族の「帰る」のは生家か婚家か。孫夫婦の若さがまぶしい。「晩年に蘇(よみがえ)らせむ若き日ぞかの焦土よりあゆみそめしを」敗戦時17歳だったという先生は今を「晩年」と思い、17歳の気持ちになってこれからを生き直そうと記される。

  「拍手しても聞こえてくれぬ聾児らよさもあらばあれわれも手を拍(たた)く」「短歌」3月号に自選自註(ちゅう)の特集が組まれている。昭和23年ころ、まとまった歌ができると窪田章一郎先生に教えを受けておられた由。ある日、空穂先生がこの歌に「よくできているよ。この〈さもあらばあれ〉なんていいじゃないか」と言ってくださった。これが初対面の先生のことばであったという。

  平成2年、解離性大動脈瘤(りゅう)で大手術。「生のをはりに死のあるならず死のありて生はあるなり生きざらめやも」を体験を通した先生の代表歌としてあげられた。

  さて、4月1日から消費税が上がる。増税前かけこみ需要の宣伝がかまびすしいが、銀色に輝くニッケル貨を大切にしたいと思うことである。
(八幡平市、歌人)



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