盛岡タイムス Web News 2014年  4月   5日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉360 岡澤敏男 尾崎文英プランへ賛辞と苦言


 ■尾崎文英プランへ賛辞と苦言

  尾崎文英団長(岩手仏教振興団)が発願する3事業プラン案について、8月3日(大正8年)に開かれた各寺院住職の会合において一同の賛成を得て、5日には主立った市内有志(五十余人)による協議会が午前6時より報恩寺で開催されることになった。

  8月6日の『岩手日報』によると「尾崎団長発願の趣旨を懇切に説きたるのち計画の内容及び今日までの経過につき説明」が行なわれ「本田総六氏は賛成の意見を述べて一同に援助を求め本社の禿氏(岳山)主幹は一場の賛成演説を試みたるが、最後に貴族院議員大矢馬太郎氏は来会者一同を代表して今回の計画に対して異議なく賛成し及ぶ限りの援助を辞せざるを以て充分の活動を望む旨を述べ」尾崎団長を激励したという。

  この協議会の主な出席者に「南部家山本(潤水)家令、金田一勝定、大矢馬太郎、高橋嘉太郎、太田小二郎、一倉貫一、太田総六、三田義正、池野藤兵衛、鈴木巌、中村省三、佐藤清次郎、萱場精一郎」と「盛岡交話会」(財界)や新聞界の要人の名が連ね、大津知事(所用で欠席)も計画に賛成なので協議会委員長を快諾するとの意が伝えられた。これに対して尾崎文英団長は謝辞を述べ、いずれ有力家にはそれぞれ委員を嘱託し、総裁に日置黙仙禅師を頂く予定であると披歴した。

  このように尾崎文英プランは各寺院ならびに県知事・財界から了承されたので、団則7条の機関に定めた通りに本部・支部の評議員、幹事、会計などを人選し実行組織を形成した上で、3事業の予算5万円の募金活動に取り組む必要に迫られたのです。

  8月8日の『岩手日報』は5万円の事業予算の必要を弁護して「仏教振興団の二大計画」との時論を載せています。「計画の第一は禅的修養場たる一大禅堂を建立するに在り、その第二は旧藩祖歴代の塔所たる旧桜山公園を修飾するに在りて、之れが経費として維持費並に宣教基金を合せ金五万円を計上し居れり…此種の計画のため五万円の巨額を投費するが如きは余りに暢気ならずや、贅沢ならずや」との疑問に対して「人物の養成、本県人の頭脳の改造」には禅的の精神鍛練を試みる必要がある。また祖先崇拝の信念は我国民特有の美風にして建国の基礎である。しかるに「吾人の祖先たる旧藩祖歴代の塔所旧桜山は…その頽廃の極に達し…旧藩士の恥辱というべく、祖先崇拝の誠意を疑はざるを得ない」これを修飾することにより「後世永く藩祖の偉業を伝へる」とともに後世人に「奮起覚醒せしむる原動力」を養うことになると力説している。

  論者はいずれも不発に終わったが、明治15年の『日進新聞』に載った「聖寿寺再建費募集」広告、また明治22年の『岩手日日』にあった「聖寿寺の五重の塔再建」の記事を思い浮かべ、仏教事業団の事業に強い期待を寄せていたのではなかろうか。

  ところが8月7日の『岩手毎日新聞』は「共同一致の努力」の論説をもって「一人の誠意ある努力」を評価しながらも「一人の誠意ある努力のみに其事業の命運を委し、一人の向背によりて其事業の興亡を来すと言ふが如きは元来時勢遅れの沙汰にして、一人の誠意ある努力は到底多数の誠意ある努力に企及すべきものにあらず」として「吾人は個人本位の努力の時代より進んで共同一致の努力に習熟する所あるべき也」と、各寺院、財界が積極的に共同して尾崎団長の個人プレーに終らさせぬよう早々と苦言を呈しているのです。

 ■「聖寿寺再建費募集趣意」広告(抜粋)

   明治15年2月『日進新聞』より
  「上田村臨済宗聖寿寺タルヤ慶長年間盛岡旧藩主南部十八代利直君三戸在城ノ時胆沢郡水沢村臨済宗大安寺住石門和尚ノ行徳ニ帰依シ召喚シテ城下三戸郡小向村三光寺ニ関山タラシメ寺領五百石付与シ始テ大光山聖寿寺ト公称ス。後チ利直君今ノ盛岡ニ移城セシカハ寺境モ今ノ上田村ニ遷転シ境内五万坪ノ地ヲ撰附シ継テ十九代重直君、二十代重信君等シク大伽藍山門等ヲ増営アリテ住職モ知識アルモノ相継グ二世涼室ハ仏慧広照禅師ノ勅謐ヲ辱ウシ黙説及大道ハ 勅賜紫衣以上トナルモノアリテ爾来南部家ノ香花院タリ、文化年間ニ至リ三十六代利敬君国内万民安穏ヲ祈ラシメン為メ五重ノ宝塔ヲ造立ス是ニ於テ七堂完備奥羽屈指ノ大梵刹トナルモノ殆ド三百年ナリ。

  然ルニ明治九年本寺住職後藤碩慶退院ニ際シ祖琳…命ヲ拝スルヲ以テ西京ヲ辞シ本寺ニ就テ是ヲ観レバ豈図ランヤ七堂伽藍跡形モナク荊棘ノ中ニ五重宝塔ノ基礎ノミ存在シ…」(以下省略)



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