盛岡タイムス Web News 2014年  4月   9日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉217 三浦勲夫 電報


 携帯電話が存在しなかったころ、そしてまだ電話も広く普及していなかったころ、安価で迅速な連絡方法は電報だった。それでも料金は字数によるので、字数を節約するため特殊な電文が使用された。「アトフミ」は「詳しくは後で手紙で知らせます」ということで「ゴ」は「午後」、「ゼ」は「午前」のことだった。「カネヲクレタノム」は「金送れ、頼む」なのか「金をくれた、飲む」なのかという笑い話もあった。

  今はパソコンや携帯電話で国内はもちろん外国へも安価、迅速に情報を送ったり受けたりすることができる。電報の出番はほとんどなくなった。親しく利用されるのは結婚式など、めでたい場面での「祝電」や葬儀の「弔電」などである。しかしそれらは字数節約の「電文体」の文章ではない。用意された文例からの選択もあるが、発信者の思いを伝えるオリジナルの文でもある。電報も時代とともに様変わりした。

  それならば携帯電話もなく、情報連絡方法が遅く不便だった昔の方が今よりも人間関係が疎遠だったろうか。確かに情報のやり取りに時間はかかった。委細をしたためた手紙は到着するのに何日かかかった。しかし一般の生活ペースもそれに見合うゆとりがあったようだ。直接顔を合わせて話すことはそれだけに貴重で、豊かな含蓄があった。

  入試合格発表の時期、今でも電文で引き合いに出されるのが「サクラサク」である。合格を知らせてくれる定番とされる。サクラが咲く時期は、岩手では4月中旬からだから、合格発表とはタイミングがかなりずれる。3月の開花地域ならいいのだが、まあ、ここでは象徴的な「ハナ」ということにして「サクラサク」となる。冬まで通してやり遂げた苦労が花を咲かせる。実を結ばせるのはそれ以後とはなるが。

  現実の暦に戻ると、天候不順の3月が過ぎ、4月である。厳寒の冬から、まだ肌寒い早春の時期、陽春を待つ心は「一月往(い)ぬる、二月逃げる、三月去る」だった。新年を迎えたばかりなのに、「厳寒の月、不順な月は早く去れ。春よ、早く来い」。そうした含みがある。その春も「春に三日の晴れなし」で、3月などはまことに天候不順だった。しかし今年の3月は、彼岸明けの24日から29日までの6日連続の温暖、晴天が記録破りだった。「気まぐれ三月」が戻ったのが30日で、前日までとは一転して、日中は曇り、夜からビショビショと雪がまたもや降った。

  落ち着かなかったのは気候ばかりでない。2月から3月にかけての人事もあわただしい。入試、合格発表、期末試験、卒業、人事異動、送別会、退職などだ。一当たり落ち着いて、やっと迎えた春4月だが、まだまだ油断は禁物である。「月に叢(むら)雲、花に風」の通り、無情の風が花を吹き散らす。桜のつぼみがウソに食べられる。雨や雪どころか、アラレやヒョウが降り、竜巻が荒れる。それが列島4月の天気模様である。無事に咲いたら、ぱっと散る前に満開の花を観賞できれば、その春は幸せである。東京では宮内庁の新企画、皇居の乾(いぬい)通りのサクラ見物に押すな押すなの人だかりだった。

  岩手の花見はどうなるか。社会は新たな出会いの季節。緊張と共に新社会人が仕事に就く。情報技術も巧みに使い、耳、口、目でしっかりと会話し、手でも文を書こう。
(岩手大学名誉教授)


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