盛岡タイムス Web News 2014年  4月  24日 (木)

       

■  〈風の筆〉47 沢村澄子 「一日」


 不思議なものだ。その日の朝の7時半に、民宿のおじさんのワゴン車で宮之浦港まで送られたのだった。

「とりあえず行ってみよう」。乗る予定の船が出るかどうかは分からなかった。町営の太陽丸はその日全便が欠航、と、すでに町内放送が繰り返していた。

  限りなく欠航予定、と発表されていたフェリー「はいびすかす」の姿が港に見えた。30分遅れの出航。予定の種子島には寄らずに、じかに鹿児島を目指すという。

  船室のカーテンが、おさげの女の子の髪が揺れるように、大きく左右した。甲板に出て屋久島を海から眺めようと思ったが、すぐに気分が悪くなった。波が高い。船が大きく揺れる。

  寝てやり過ごすしかないと毛布をかぶった。船室のテレビで国会中継を見るうちに、いつのまにか眠っていた。

     
   鹿児島市城山町にある、軍服の西郷隆盛銅像(高さ8b)とアオサギ  
  鹿児島市城山町にある、軍服の西郷隆盛銅像(高さ8b)とアオサギ
 


  5時間ほどで鹿児島港に到着。タクシーで最寄りの坂之上駅まで行き、指宿枕崎線で鹿児島中央を目指した。駅ビルで遅いお昼。鹿児島ラーメンとギョーザ。

  種子島に寄らずに浮いた1時間で、鹿児島市立美術館に寄った。近くに西郷さんの銅像があり、その頭にアオサギが乗っていた。近くに大久保利通像もあった。お土産を買って、空港行きのバスに乗り込んだのが夕方の5時半。40分ほどの乗車で、今度は飛行機へ。

  午後7時すぎに飛び立ち、8時半すぎに羽田に着く。客室乗務員さんに「お帰りですか? きょうで良かったですね。きのうだったら大変でした」と言われたが、タクシーでは運転手さんに「あしたは、ひょうが降るらしいから、きょうで良かったね」と、言われたのだった。

  しかしその日、鹿児島では昨年より38日遅く春一番が吹いたのだという。気温は20度近くまで上がった。羽田に着くなり、またダウンを取り出し、今度は夜行バスに乗るべく、新宿へ。

  夜10時半に新宿を出て、盛岡駅に着くのは翌朝6時。雪でバスが遅れ、乗りたかった釜石行きには乗れず、次の一ノ関行きの発車までに、30分以上あった。

  ホームで列車を待っていると、線路に積もった雪が白く白く目に飛び込んでくる。向かいのホームにある自動販売機のボディーも白。そのチカチカ点滅する赤いランプが、無人の、視野の、白さの中で、唯一存在する命、のように見えるのだ。

  屋久島を出てからまだ24時間たっていなかった。

  屋久島から盛岡。直線距離で何キロあるのだろう。移動したルートでは何キロで、気温差は何度あったのか。目に映る色も、目の前の人だって、こんなにも違うのだ。その差こそ「いくら」と、どんな単位で表すことができるのか。

  鹿児島弁が聞き取れずに聞き返していたら、「狭いようでいて、広い日本なのかもしれないね」とわたしに言った人が、「いや。広いようで、狭いのかもしれない…」と、言い直した。

  では、「一日」は長いのだろうか。短いのだろうか。宇宙は大きいのだろうか。小さいのだろうか。
(盛岡市、書家)  


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