盛岡タイムス Web News 2014年  4月  30日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉382 伊藤幸子 「妻居た席」


 食卓の妻居た席に場所変えるどちらがテレビ見やすかったか
                                 片桐甚佐

 昭和10年生まれ、千葉県在住の作者。平均寿命が延びたとはいえ、後期高齢者ともなればたいてい何らかの病気を抱えるようになる。「妻死して以来次第に仲間から外されて行く愚図に生きるに」の感慨は男性の群れを外れた思い込みかとも思う。未亡人たちならすぐ電話をかけたり食事に誘ったりと、だんだん自由を謳歌(おうか)して元気になる例もある。この「仲間から外されて行く」という心境が分かりにくいところ。つい引っ込み思案になるということだろうか。

  そんな中、ひとりになって病気を得てしまわれたようだ。「天井がぐるぐるぐるぐる回ってる思わず見とれるこれが眩暈(めまい)か」「『名前言って』看護師叫ぶその声を面白く聞く酸素マスク着けて」決して楽観できる状況ではなかったようだが、「思わず見とれる」とか「面白く聞く」などご本人余裕の詠みぶりだ。それにしても「かたぎりじんざ」というお名前、古典芸能の役者さんかと思うような響き。さいわい「めまい」でも脳血管系や心臓といった重患ではなかったようで読む側もホッとする。

  さて「妻居た席」の歌。今は茶の間の雰囲気も変わり、リビングはフローリングの明るいソファーでゆっくりくつろぐスタイルが多くなった。そこにいつも妻の定位置があり、お茶を飲み、会話をしていたふたり。ときにはテレビのチャンネル争いをしたかもしれない。今、そっと妻の居た席に座ってみる。「おお、テレビが真正面じゃないか」と、声に出しても応えてくれる者のない寂しさ。

  そして今は「手を伸ばす範囲に要る品みなすべて置きて気に入るわが終(つい)の席」と詠む。まるで私の席のよう。卓上のほとんどは紙類。大事なものほど逃げ足も早く、新聞の切り抜きなどはよく図書館に駆け込んで探すはめになる。

  衣食住、夫婦で協力し合ってこそ円滑に運ぶもの、「北国の雪の知らせでようやくに下着入れ替う一人黙々」「半袖のクールビズでもアイロンをかけるシニアの最後の見栄はる」など、こまごまとした心づかいが詠まれる。

  身だしなみを整えて、「定食屋の隅で一人の食事取る肩に哀愁漂わせたい」というあたり、なんともいえない男の矜持が感じとれる。「もう一度東南アジアで起業する男の夢は夢のまた夢」に、元企業戦士の老いても心しなやかに、夢中になれるものを持つ尊さに打たれる。夢はかなえるためにこそ、作者の姿勢に学びたい。(八幡平市、歌人)



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