盛岡タイムス Web News 2015年  1月  5日 (月)

       

■  仙北町駅 きょう開業100年 木造駅舎に当時の面影


     
  現在の仙北町駅  
 
現在の仙北町駅
 

 2015年1月5日、JR仙北町駅(盛岡市仙北町)は100周年を迎えた。同駅は1915年の開業以来、当時の面影を残しながら、多くの利用者の生活を支えている。「もりおか物語(四)―仙北町かいわい」(長岡高人編)、「もりおか思い出散歩」(盛内政志著)などから、同駅の誕生を振り返る。

  盛岡駅が設置され、東北本線が盛岡まで開通したのは1890(明治23)年。盛岡駅は当初、現在の仙北町付近(当時の本宮村)に計画されていたが、そこは米の生産地であったことから商人や地主たちが反対した。日本鉄道会社では現在の盛岡駅の西方の雫石川が狭くなっているところを渡り好摩方面へつなぐよう計画したが、石井省一郎県知事は県庁所在地に汽車が通ることを熱望。その結果、現在の場所(当時の厨川村)に盛岡駅が設置された。

  それから約20年後の1911(明治44)年、今度は仙北町と仙北組町、川原町、青物町の繁栄策として、停車場設置の住民運動が盛り上がった。同年11月には仙北町有志が上京し、内務大臣を務めていた原敬(本宮村出身)に町民の希望を述べた。しかし、盛岡駅との間が1・8`と近いことなどから希望は通らず、一同は落胆を繰り返した。それでも運動は続き、翌年3月には盛岡市議会が、鉄道院総裁も兼ねていた原宛てに意見書を提出している。

     
  開業当時の仙北町駅(そば処北田屋提供)  
 
開業当時の仙北町駅(そば処北田屋提供)
 


  盛岡市先人記念館が所蔵する同意見書は、昨年秋に盛岡市原敬記念館で開かれた企画展「原敬と仙北町」にも展示された。「…伏して願わくは閣下事情を明察せられ仙北町方面に停車場を新設し其の方面に於(お)ける交通運輸の便利を拡充せしめらん事を」「若(も)し其の新設に要する敷地の如きは同町民之(これ)を寄附するの議」と切実な請願が記されている。

  地元の人々の努力もあり、仙北町駅は1914(大正3)年7月1日に着工、15年1月4日に落成した。翌5日に開業を迎えている。

  「原敬日記」によると、原は14年10月20日に仙北小学校の運動会を訪れ、建設工事中の同駅を視察している。原は「付近より一覧せり、落成の上は此方面の利益なるべし(完成後はこの地域の利益となるだろう)」と記しており、郷里の繁栄に期待を寄せていたことがうかがえる。
(相原礼以奈)


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