盛岡タイムス Web News 2015年  1月  7日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉417 伊藤幸子 「初春かぞえ歌」


 餅網も焦げて四日となりにけり
                   石塚友二

 平成27年、きのとひつじの年が訪れた。ことしは曜日の配置がよくて、9連休とかそれ以上のところもあったようだが、大方がお正月を待つというよりも、離れ住む家族が集まるのを待つという形態になっている。私たちが子どものころは「歳神(としがみ)さま」が人界に降りてこられるのを敬う習いがあった。神々のお年越しがあり、いちばん最後が人間の年越しと教わった。

  池田弥三郎さんの本に大黒さまの数え歌がある。大黒舞の決まり文句で「一に俵を踏んまえて 二ににっこり笑って 三に盃さしあげて 四つ世の中よいように 五ついつもの若い者 六つ無病息災で 七つ何事ないように 八つ屋敷を押し広め 九つ古倉を建て並べ 十でとっくり納まった」というものである。

  また、松尽(まつづく)しとしてもめでたい詞章が並ぶ。「歌いはやせや大黒の 一本目には池の松 二本目には庭の松 三本目には下り松 四本目には志賀の松

  五本目には五葉の松 六つ昔は高砂の 尾上の松や曽根の松 七本目には姫小松 八本目には浜の松 九つ小松を植え並べ 十で豊受(とゆ)けの伊勢の松」と続くもの。

  私は今年も、千葉県長生郡一宮町一宮の方に年賀状をさし上げたが、おもしろいわらべ歌を思い出す。「一番始めは一の宮 二は日光の東照宮 三は佐倉の宗五郎 四は信濃の善光寺 五つは出雲の大社(おおやしろ) 六つは村々鎮守様 七つは成田の不動様 八つは八幡の八幡宮 九つ高野の弘法様 十で東京招魂社」。

  また、お手玉の数え歌も幼児のころは歌詞も不明のまま歌っていたが、長じて正確には「一裂談判破裂して 日露戦争始まった さっさと逃げるはロシアの兵  死んでも尽くすは日本の兵 五万の兵をひきつれて 六人残してみな殺し 七月八日の戦いは ハルビンまでも攻め入って クロパトキンの首を取り 東郷元帥万々歳」と時系列に沿った登場人物たちが節をつけた歌の中によみがえる。

  さて正月気分は松の内までといわれるが、四日は御用始め。なんとなく三が日の余韻を引いて従来の仕事にかかる。俳句では「四日」は新年の季語。「うとうとと炬燵(こたつ)の妻の四日かな」(今井つる女)もある。これだけで、2月でも3月でもない新年の四日を示す句という暗示は解説抜きでは分かりにくい。その点、餅網の句は一目瞭然。新年におろした餅網も「焦げて四日となりにけり」分かる、分かるとうなずいて平和な正月気分の中にどっぷりとひたっている。
(八幡平市、歌人)



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