盛岡タイムス Web News 2015年  1月 19日 (月)

       

■  〈幸遊記〉210 照井顕 佐々木貴の幸せジャズソング


 時折、開運橋のジョニーに顔を見せては、にこにことビールを飲んでくれる久慈市の佐々木貴さん(54)が、先日、たまたま居合わせた玉澤裕子さんのピアノで、夜が美しい調べのように語りかける「マイ・フーリッシュ・ハート」を歌い、僕は彼に呼び掛けられたような気になり話を聞いた。

  彼は北上の黒沢尻北高校時代に吹奏楽でアルトサックスを吹き、店で見つけたアルトサックスを持った外人(アート・ペッパー、1925〜82)のレコードを買って聴いたのがジャズとの出合いだった。東洋大学国文科に進学してからも、フュージョンのサークルにまぜてもらい、当時全盛だった渡辺貞夫さんのコピーをしたりしていたという。それこそ、アート・ペッパーに関しては、最後の日本公演(81)も東京で聴いたと誇らしげだった。

  野田、山形、大野、普代、夏井、宇部中で教え夏井一中時代、出向で日教組執行委員として上京。臨時教員の待遇の改善、非常勤の常勤化などを訴えに文科省に言いにいく役を荷負っていた時に震災が起きたのだったという。秋田経由で久慈に物資を運んでいた時、開運橋のジョニーで飲んだ酔仙の酒(最後の一本)の記憶は消えずに今もあるという。

  久慈のアマチュアビックバンド「ブルー・ノーツ」には、彼も奥さんも娘さんも参加していたほどの音楽一家。今、彼は連合岩手の県北地域協議会で岩手教職員組合九戸支部に所属しながら協議会議長を務め、最低賃金の底上げ、非正規労働の賃金上げ、労働条件の改善、正社員化への要望、条件などの取り組みに頑張っている様子。

  学校の子どもたちには「正しいこと、間違っていること、それをちゃんと見抜く人になってほしい。そのために、いろんな勉強があるのだから!」という思い。2001年10月24日、久慈市民会館で穐吉敏子さんのジャズピアノを聴いた小学生の娘・道子さんは今、大学で哲学を学び「中古レコード店で、ジャズを掘り出し始めたので話が弾む!」と、父親の貴さん。娘さんのリクエストに応じて、自分のLPレコードをせっせとCD化して送っていることなど、うれしそうに顔をほころばせながら、幸せな話を僕にしてくれました。
  (カフェジャズ開運橋のジョニー店主)


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