盛岡タイムス Web News 2015年   1月   22日 (木)

       

■  〈風の筆〉85 沢村澄子 あひるの「あ」A


 盛岡市紺屋町にクラムボンというコーヒー店がある。ここでは時折音楽ライブもやっていて、下田逸郎(しもだいつろう、1948〜)さんの歌もこの店で初めて聴いた。

  下田さんの歌はコワイ。コワイことが、サラリ、ケロリ、ニヤリ、と歌われている。ラブソングの元祖なのだそうだが、人間の真実を厳しく刺してやまない下田さんの歌を、わたしは勝手に「サトリウタ」と名付けて、表具のような単純作業や台所仕事の時に聴いていると、スイートで叙情的なオモテヅラの下から、大いなるアキラメやその先で開けた深々とした愛情のようなものが、耳に胸に、じわじわとしみてくる。

  下田さんの歌で、歌詞にただ花の名前が羅列されているだけ、というのがある。それを歌いながら下田さんは「それでいいんだ、ってことが分かったんだよね」って笑ってた。

  そんなこと言われたって、「それでいい」って何なのか、と首をひねるかしかないような話なのに、クラムボンの黄土色の壁をぼんやり眺めながらその歌を聴いていると、何となく分かるような気がしたのだ。

  当時、美術の人たちから、書家は自作の詩を書かないからダメだ、とよく言われていて、李白や賢治や芭蕉のものなど借りて書いていては自身の表現とはいえない。全て創作しなさい、自作の詩を書くべきだ、とわたしは責められていた。

  ところが、その詩が書けなくて。どうしても書けなくて。どうして書けないかも分からなくて。どうしようもなくて。それでも、どうしてもこのワケの分からないワタシというものを詩にしなければならない、としたなら、「ガガガガガガガ」「ググググググググ…」「ズズズズズズズズ…」といったように、言葉にもならないナニカを、ただただ書き付けるしかないように思われてならなかった。

  その時、言葉で語れるものではないのだと思った。どんな言葉でもどんな表現でも語れない何かを、自分は書にしたいのだと思った。

  ならば逆に、花の名前の羅列、という一見意味を成していないような歌詞にも、下田さんの大事が刻まれているのは自明のことではないのか。

  詩人・北園克衛さんが、やはり詩人の白石かずこさんに言ったのだそうだ。「(詩に)『かなしい』と100回書いたからといって、かなしみが伝わると思うな」。

  これも逆から考えると、ならば、わたしたちは、「あひるあひるあひるあひる」と書いてよろこびを伝えることができるのかもしれないし、「あ」と1字書いてかなしみを、「あああ」と3字書いて巨大な怒りを、「チューリップ」と書いて切ない苦みを、「岩手山」と書いて滴るような欲望をも、表現できるのかもしれない。

  意味に依存しないこと。意味から開放されること。
の大事。あひるの「あ」の正体に疑念を持った小学生は長じて、下田逸郎さんの歌を聴きながらそんなことを思った。世界は意味を超えてはるかに大きいのだ、と。
     (盛岡市、書家)


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