盛岡タイムス Web News 2015年   1月   26日 (月)

       

■  〈幸遊記〉211 照井顕 岩間正男のカワトク・レリーフ


 盛岡城跡公園(岩手公園)下の岩手教育会館が今年の夏、解体されるという記事を見て頭に浮かんだのは、1992年に陸前高田でジャズ喫茶をやっていた僕が、ニューヨークの穐吉敏子ジャズオーケストラを教育会館に呼んだ日のことと、昔日の同会館ホールロビーのまるでオーロラの下で、七夕の日に天の川を見るような短冊群に心奪われたことの二つだった。

  そしてもう一つ美しかったものが消えていることを思い出しました。それは、パルクアベニュー・カワトクの正面入口から空に向かって飛んでいた、あの色とりどりの鳥たち。その群れなす姿の美しかったことは今もしっかりと頭の中にある。あのレリーフを制作したのは、画家でもある造形作家・岩間正男さん(1926〜2013)だった。

  彼は大槌町出身で、武蔵野美術学校(現・同美大)卒で新象作家協会創立に参画した人。アメリカやメキシコでの活動を経て帰国後、学校、図書館、市民会館、デパートなど、公共建築物を中心に石や金属、陶板などによる外壁を含めた空間装飾を多数手掛けた。「絵から造形へと発展していった自分の表現が、仏教の自然四大原則“地・水・火・風”に、自分が自然とそれに向かっていたということに気がついた。それで今は意識的にやっている」。そう言っていた彼。

  絵を描き、仕事とすることになった原因は「1945(昭和20)年10月5日海岸の上から見た松林が灰色のらせんのように見えてビックリしたこと。自然が持っている不思議な力、その偉大さに感動したことからだった」。アメリカからの帰国後、仕事もなく収入がなかった時、奥さまが仕事に出て、そのお金で彼の絵を買い上げ、彼にお金を渡す。そのお金を今度はこれで生活せい!と言って返す(まるでゴッホのようだと思った僕)。そんな時代もあったのだと話してくれたのは1988年。まだ新幹線が上野発だった頃、上野駅で偶然お会いして、お酒と食事をごちそうになったこともあった。

  「鉄の作品の場合、腐食するだろうから、残すかどうかは、大事だと思うかどうかだからね」は彼の言葉。川徳は2004年1月末、その飛ぶ鳥たちを落としたけれど、1階軒下に羽を広げる黒鳥たち240羽は、今も生息し黒字?に導き続けている。
  (カフェジャズ開運橋のジョニー店主)


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