盛岡タイムス Web News 2015年  9月 7日 (月)

       

■  〈幸遊記〉243 照井顕 片山秀光の三迦葉(カッサパ)音楽

 

  「寺のスペースは地域の人たちとの共有のものだから有効に活用したい!」と、行政主導の文化を速度規制のある国道に例え、自分がやっているのは国道から外れた横道の、いわばあぜみち文化!と言いながら、寺子屋コンサートなどを開催していた宮城県気仙沼市岩井崎にある臨済宗・地福寺の住職・片山秀光さん(75)が開運橋のジョニーに来てくれた10年前「彼・ジョニーのスピリッツは北上川の如く流れ続けている」との走り書きを残して帰った。

  先日また、ひょっこりと現れた時、1989年9月13日岩手県民会館大ホールで「SEA・JAM・BLUE」コンサートを僕が開いた時、藤間登三寿さんの創作舞踊・鬼子母神。「ケセン鬼の国(鈴木周二・作詞/照井顕・作曲)」の演奏を担当してくれたのが7人編成の彼のバンド・片松三津男グループ。はたまた95年7月29日、松島の瑞厳寺で僕がうたう般若心経を、守口忠成さんの尺八と一緒にキーボード演奏をしてくれたことなど思い浮かんだ。

  江戸時代より続く地福寺本堂を建て替え、落慶3年目だった2011年3月、あの大地震で被災。地域の家々が姿を消した地にそれでも唯一骨組みだけを残して建っていた寺。九死に一生を得た秀光和尚は本堂を修復再興。自ら「音楽で未来への光を指し示したい」と「めげない・にげない・くじけない」をテーマに三迦葉(カッサパ)という音楽説法グループを、彼の弟で、プロの国際派ジャズドラマー・バイソン片山と共に結成し、CD「未来にむかって」をリリース。以来全国の寺々にて「涙の数だけ心には情けの花が咲く」と歌いながらの大震災復興支援コンサートを今日まで開き続けている。

  その彼「弟、バイソンがプロのジャズマンを志したのは、仙台にジャズメッセンジャーズが来た時、私が弟を連れて聴きに行ったのがきっかけだったと、それをプロになったのちに弟に聞かされて、きっかけの大切さを思い知った」と昔に語っていた。カッサパがハワイで公演した時、その演奏は放送され、日本でその放送を聴いたという三陸遍路みちを立ち上げた米在住の駒幸夫さんが寺に訪ねて来てビックリしたと言うので、僕が持っている78年の「みちのく慕情、三陸みなと音頭」という駒さんのシングル盤レコードを見せたら、和尚二度ビックリ!
(カフェジャズ開運橋のジョニー店主)


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