盛岡タイムス Web News 2015年  10月 7日 (月)

       

■  〈口ずさむとき〉456 伊藤幸子 「お山初雪」

 
 雪催ひの空おしあぐる断崖が視界のすべてまた首をあぐ
                             浅野光一
                    「角川現代短歌集成」より

 不意打ちのように、お山に初雪が降った。例年ならばお山に雪が降るときは、前日あたり雲がかかり、暗く膚にしみる寒さが感じられる。雲のカーテンを閉め切って、山頂はまっ白な雪舞台を準備中だろうなと想像させたものだ。ことしはそんな前触れもなく、9月30日早朝、山頂をうっすらと白刷毛で塗ったような雪形があった。体感としてそんなに寒さは感じない。旧暦八月十七夜の月がぼんやりとまだ中天に漂っている。

  きょう、不思議な電話があった。拙雑文集を出版のあと、未知の方からもさまざまな音信があるが、土浦市のYさんという方。茨城で出している同人誌「いしぶみ」に寄稿されている方で、夫の友人を通してのご縁に驚く。

  私は電話にはかなり無愛想で失礼してしまうのだが、この日初めて聞くお声に、「きょうは私の妻の命日なんです」という話。「いしぶみ」を私が読んでいると思い込まれてのお話と知り、失礼をわびた。しかも名前も「サチ子」で、昭和21年生まれとのこと。平成22年64歳で亡くなられたとやや高い声で語られる。ついては仏前に1冊、自分の座右用と2冊送ってほしいとのご注文である。

  あらためて「いしぶみ」9号を読んでみる。牛久市在住の夫の友人Hさんを事務局長に、男性6人女性3人の会員名簿、皆さん多彩な経歴のシニア世代で元気のあるサークルのようだ。

  潤沢な運営らしく、原稿長さは1万5千字、ふんだんにカラー写真なども配し、活字も大きく読みやすいものになっている。

  山中サチ子さん。「山中家は江戸時代は名主をしたこともありましたが昭和に入って梨の栽培を何町歩もしておりました」とあり、戦後の農地解放で何町歩もの田畑を手放したとの世相は全国共通であろう。

  このサチ子さんの遺稿が小説のように面白い。「富士山の裾野に須走という所があります。私は小学校四年生ぐらいの頃、そこに住んでいたのです」として、そこの別荘の少女との交流の様子が生き生きと描かれる。生まれて初めて食べたクッキーのことや、足の悪い少女の描写に読者も思わずひきこまれる。東京に帰る前日、少女からクッキーのレシピをもらうが、「うちにはオーブンがないからクッキーは焼けないのです」と書く。ああ、分かる分かるとうなずきながら、5年前に世を去られたというサチ子さんの明るい写真に見入っている。
    (八幡平市、歌人)



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