盛岡タイムス Web News 2015年  10月 21日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉458 伊藤幸子 「ガリ版印刷」


 更けし夜の峠路を駆るわが車煌めく冬の星座目指して
                              吉田一路

 去る7月に出版されたばかりの新刊書に思いがけず心をゆさぶられている。コールサック社刊、ルポライター鎌田慧さんの「悪政と闘う」で「原発事故から三年」の章をはじめ、その後のリポートの迫力に圧倒されて読み進んだ。ところが380nの終章近く、いきなり「かつてぼくたちはガリ名人だった」というコーナーがはさまれる。そしてこれがとびきりおもしろい。

  ここには鎌田さんと、俳優で平成22年に81歳で亡くなられた佐藤慶さんの対談が出ている。平成10年のときの記事。「今どきガリ版などと言っても通じない。いきなりこの場でガリを刻(き)れといわれるとは思わなかったです」と笑ってガリ版の話。

  「むかしガリ版をやっていたとテレビで取材されたことがあったけど、恥ずかしいもんだな〈佐藤慶の貧乏時代〉なんてね」と切りだせば鎌田さん「貧乏とガリ版ってよく似合うんですよ。宮澤賢治も東京時代にガリ切りをしていました。ジャーナリストの鈴木東民も、田宮虎彦もガリ版屋の話書いています」と語る。

  佐藤慶さんは会津若松市の生まれ。小さいころから字を書くのが好きで、小学5年生ぐらいのとき蔵の中で堀井謄写堂の謄写版を見つけたとのこと。まだシルク・スクリーンもはっていない古いタイプのだったけど鉄筆もインクもあった。見よう見まねですっかりガリ版少年になっていたと語られる。おもにやっていたのはヤスリの上に蝋(ろう)を引き原紙を置いてそこに鉄筆で原稿を書く(ガリを切る)仕事だった。いわゆる筆耕で、それを印刷するのが刷り師だった。1950年代、東京・水道橋に筆耕者の養成学校があったという。1枚の原紙で2千枚は刷ったというからすごい世界。

  ガリ版は活字文化の代替物とされたが、私のところにはこのガリ刷りの「北宴」が昭和49年9月号から53年3月号までそろっている。

  だいぶインクも薄れているが、それはみごとな活版印刷のような文字で30n前後。印刷人田村隆一、発行所羽上忠信となっている。

  掲出歌は現在の吉田祐倫さん、真実一路の号もお持ちで、ことし4冊目のエッセー集を出された。ちなみに北宴でガリ版時代からの現役歌人は10人を欠けてしまった。吉田さん、北口博志さんの運転歴は60年にもなろうか。きょうは私の好きだった佐藤慶さんに触れ、ガリ刷りの「北宴」を開き、なつかしさで涙がこぼれそうだ。
(八幡平市、歌人)



本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします