盛岡タイムス Web News 2015年  11月 5日 (木)

       

■  〈風の筆〉125 沢村澄子 「また一年」


 この原稿が掲載される予定の11月5日、東京・浅草で個展が始まる。吾妻橋近くの、ギャラリーアビアントで15日まで。逆さツリーが映る川面で有名な十間橋の近くの法性寺で12日まで。

  昨年、風の筆の81話に法性寺の襖(ふすま)のことを書いた。日蓮上人の大事な教えである「折伏逆化」と襖に書きたかったけれど書けなかった話。 

  しかし、3年がかりで法性寺26枚の襖を書いてゆくプロジェクト2年目の今年は、4枚続きの片面に「いろは歌」を、その背中に「折伏逆化」と書いたのだ。

     
   今年の法性寺「いろは歌」の襖。以、呂、波、仁…と「いろは歌」を楷書(かいしょ)で書いたが、読めなくなった。この裏面に「折伏逆化」と書かれてある  
   今年の法性寺「いろは歌」の襖。以、呂、波、仁…と「いろは歌」を楷書(かいしょ)で書いたが、読めなくなった。この裏面に「折伏逆化」と書かれてある
 


  1年が本当にあっという間だった。早い早い早い。連日、ただただバタバタと準備にあけくれながら、書いた案内状の宛名、600通。そこに、お元気でしたか。今年もお会いできるでしょうか。1年たちましたね。遊びに来てください。そんな1行を書き添えてゆく。

  浅草での個展は昨年始まったばかりで、お顔を覚えたお客さんの数は実はそう多くはないのだけれど、今も記憶に残る話がある。

  たまたまそこに居合わせた女性数人で、名前も知らない者同士、襖の前で座り込んでの雑談となり、その時、「被災地はどうなってるんですか」と聞かれたのだ。

  「ニュースで聞くのと現地の様子は違うんでしょう?」「東京もひどかったんだよ」「でも、東京どころじゃなかったよね」「今、どんな感じになってるの?」額を突き合わせるようにして、皆さん真剣に話を聞いてくださった。話してもくださった。 

  そのうち、花屋さんをやっているという女性が、震災後、被災地にクリスマスリースを送るボランティアを続けてきたのだけれど、今年、やっていいものかどうか悩んでいる、と告白した。

  震災直後は、誰しもに、何かしなければ、という機運があって、みんなが誰かの声掛けを待っていた。だから、○○しようと呼び掛ければすぐ人が集まって、何でもできた。けれど、年々その空気が薄くなる。リースを送っても、被災地の人々に喜ばれているのかどうかも分からない。でも、待ってる人もいるのかもしれない。今年どうしていいか分からないんだよ…。そう話しているうちに、その奥さんは泣き出してしまった。

  真顔で、涙をためた目で「どうすればいいんだろう」そう言ったその人の顔が忘れられなくて、封筒に「また1年たちましたね」と書き添えながら、今年も会えるのかしら…と、天を仰いだ。

  あの時、わたしは「送っても送らなくてもどっちでもいいんじゃないですか」と答えたのだ。すでに大事なことは、その奥さんが、泣くまでに、相反するものの葛藤に自らを問い続けていること。

  なぜ送るのか。なぜ送らないのか。必要なのか。必要ないのか。すべきなのか。そうではないのか。するのか。しないのか。

  それら逆縁の葛藤の中で、泣いたり笑ったり、行ったり来たり。散々迷って惑って、わたしたちは真に重要なものを、一つ一つ、見つけてゆく。これも、折伏逆化。

  この作文を書き終えたら、荷物をまとめて、いよいよ上京だ。また1年がたって、1年ぶりの法性寺の「折伏逆化」の襖の前で、わたしたち、今年はどんな話をするのだろう。   (盛岡市、書家)


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