盛岡タイムス Web News 2015年  11月 14日 (土)

       

■ 〈体感思観〉編集局 山下浩平 復興に愛郷のへだてなく


 
 東日本大震災津波で多くの沿岸住民が被害を受けたが、被害はそれぞれ違い、今の暮らしの状況も異なる。当たり前のことだが、被災して大きなショックを受けた中、同じ被災者同士でも状況が異なれば心のダメージも違い、分かり合えない場合もあるという。先日、滝沢市と紫波町に沿岸から避難、移住している被災者の交流会でそのことを聞き、悲しさを覚えた。

  東日本大震災津波で、沿岸住民が負った傷は人それぞれ。家族全員を亡くした人、全員が生き延びた家族。家族の遺体が見つかった人、見つからない人。家を流された人、無事だった人。こういった、津波による被害に加え震災後に沿岸に住み続けている、内陸に移住したという違いもある。

  取材の中で話を聞いていると、沿岸住民から見て内陸への移住者は「地元を捨てた人」と思われているケースが少なくないという。また、震災後から長く被災者支援を実施している関係者は「沿岸に残った人と内陸に避難、移住した人が交流し打ち解けることは難しい」と話す。だが、その両者の和解をなくして、復興は成しえるのか。亡くなった人は戻ってこない。今を生きる人たちが手を携えずにどうするのか。

  震災津波後も地元に残り、長くつらい仮設住宅での生活を続けている沿岸住民。天災に負けず、古里に留まった人たちからすれば、内陸へ移った人たちに対して良い感情は持っていないのかもしれない。ただ、移住した人たちは、知っている人もほとんどなく、慣れ親しんだ風景もない土地で、決して楽とは言えない生活を続けている。そして、古里を離れた、裏切ってしまったという罪悪感を抱く人も多い。お互いに苦労やつらさを分かり合い、また笑い合いあって話せる日は来るのだろうか。

  来年3月11日で発災から5年が経つ。ハード面の復旧は進みつつある。県では震災後、復興を目指して1年ごとに目標を設定し2015年は「本格復興邁進(まいしん)年」として復興事業を進めてきた。だが、沿岸に本来の暮らし、にぎわいを再生させるために必要な沿岸住民の心は立ち直りつつも、まだ「本格化」も「邁進」もしていないのかもしれない。


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします