盛岡タイムス Web News 2015年  12月 2日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉464 伊藤幸子 「見ぬふり」


 兄嫁の教えで夫のやる気出ん初の漬けもの我見ぬふりす
                                   中坪 静子

 何とも楽しい歌に出会った。晩秋から初冬の収穫期、家々の軒下には干し柿や大根干しの風景が見える。昔ほどではないが漬物作りは一家の大事な行事日程である。先日も老夫婦二人で大根を洗っている庭に目が留まった。大きな樽にホースで水をためて、二人で洗い傍らのビニールシートで水気を取り、2本ずつ結わえて木組みの柵に掛ける。

  二人とも無言、別に機嫌が悪いわけでもなさそうだが大根の出来も一連の工程も言わず語らず手元だけは無駄なく動いている。そこにヒョイと私のようなお邪魔虫が顔を出すと破顔一笑、きょうの天気から健康情報、大相撲、政界まで話題が弾ける。人に使われる仕事ではなく、自分たちの才量で運営する農業は自由の半面、孤独な作業も多いようだ。

  いくら機械化が進んでも、日々の耕作には機械の手より人手が細やかに求められる。掲出歌は70代の農家の主婦。家族は外で働き、老夫婦は孫を育て農業をして家を守ってきた。

  それにしてもおもしろい歌。兄弟のお嫁さんとの間柄って長年いっしょに暮らしていると実のきょうだい以上に信頼感が深まるようでうらやましい。作者の旦那さんは、きょうは兄嫁さんの指導で漬物作りに挑戦。うちの地域でもたくあんなどの大仕事は男性が手伝う。そうするとやっぱり教え方がうまいのか、教わる方も素直で、この「やる気出ん」がまるで小学生対象の「やる気のある子に育てよう」のスローガンにも似て明るい。そして「われ見ぬふりす」と見事な結句。笑いと経験と家庭平和の貫禄を示してなんとも奥深い座り心地の漬物石よと感心する。

  そうか、長く生きてくるとこの「見ぬふり」も大事なのだとつくづく思う。ややもすると見なくてもいいものをほじくり出し、負の記憶力をかきたてる場面も少なくない。「瓜買いて箸やすめにとからし漬け今宵の一品おいしく漬かれ」こちらはウリのからし漬け。会津若松の私の古い友人の家にはハヤトウリが毎年梢(こずえ)に高々と実り今ごろその粕(かす)漬けは絶品だった。褒めるとたいていの人はレシピをあれこれ教えてくれるのだが、作る能力のないあわれな主婦は先日も上質の酒粕を頂いて大喜び。それをウリとは和(あ)えず一箸、もう一箸と粕の生(き)のまま気がついたら全部食べ(なめ)尽くしていた。思えば黒枠の写真の夫は随分と愚妻の日常に見ぬふりをしているだろうなと反省しきりである。  (八幡平市、歌人)



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