盛岡タイムス Web News 2015年  12月 5日 (土)

       

■ 〈体感思観〉 編集局 大崎真士 TPPで思い出すこと


 
 朝、搾り立ての牛乳がバルククーラーの排出口から勢いよく全て地面に流れ出ていった。一部は食紅を混ぜて子牛用に充てられた。そんな光景を何度か見た。

  この酪農家は、どんな不届き者か。しかしこれは約30年前、やむにやまれずしたこと。搾乳しなければ牛が病気になるし、引き取り手もなかったからだ。輸入自由化の影響だと記憶している。

  小学校時代、北海道十勝にある母方の実家へ夏・冬の長い休みになると遊びに行った。専業の酪農家で牛約30頭を飼育し、叔父とその息子に当たるいとこ2人で生計を立てていた。自分も餌やりや牛追いの手伝いまがいのことをして過ごし、楽しい思い出でもある。

  親には食べ物を粗末にするなと厳しく育てられた。だから牛乳が廃棄される光景を見るのは信じられないことだった。家族で飲むにしても一部を加工するにも、生産量に比べればわずかなものだった。

  小学6年生だった当時「飲めるだけ全部飲む」と威勢良く宣言したものの、バルクにはまだ大量の牛乳が残ったまま。手塩に掛けて育てた牛の牛乳を処分する、叔父親子の無念さを今の方がより強く感じる。

  国内で食糧を生産する能力や場所があるのに、輸入する必要がどこにあるのか。気象の影響による世界的な食糧不足や不安定な国際情勢に見舞われた時、いったい誰が日本に安全安心な食糧を提供(輸出)してくれる保証があるのか。

  叔父一家は約10年前、生産コストが収入を上回るようになり、離農を決断した。早くに夫を亡くし、戦時中から女手一つで叔父や母ら子ども達を養った祖母は離農を見届け、その年100歳で往生した。

  TPP協定の話題になると、交渉時から酪農家だった親戚のことを頻繁に思い出す。

  大筋合意翌日に盛岡市内で開かれたJAいわてグループの集会で、JAいわて中央女性部長の熊谷富美子さんの話を聞いた。国に対する不満の一方、しわ黒豚の飼料価格高騰に苦しみながらも「おいしかった、作った人の顔が見えて安心といわれるのが私のもうけ」だと見せた笑顔が、叔父たちと重なる。

  合意から2カ月経過し、影響額などは示されず、やっと政策の大綱が発表されただけ。国の選択の是非については視界不良が続く。今後の国の動きをしっかり見る必要がある。


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