盛岡タイムス Web News 2015年  12月 9日 (水)

       

■  縄文晩期に文化の結晶 文様に見る優れた能力 盛岡市遺跡の学び館 陸と海の大洞式土器


     
  動物意匠付小形深鉢形土器 大洞A′式(手代森遺跡出土)  
  動物意匠付小形深鉢形土器 大洞A′式(手代森遺跡出土)
 

 盛岡市遺跡の学び館(盛岡市本宮荒屋13の1)では1月17日まで、第13回企画展「陸と海の大洞(おおぼら)式土器=\盛岡の縄文時代晩期とその周辺―」が開かれている。盛岡市内の手代森遺跡、上平遺跡、宇登遺跡、湯壺遺跡の出土資料など203点と解説図やパネル38点を展示し、縄文晩期に花開いた文化の結晶を紹介する。

  今から約2300年前に終結した縄文時代の終わりは、華々しく鮮やかなものだった。青森県木造町の亀ケ岡遺跡に代表されるため、当時の文化は亀ケ岡文化とも言われる。その代表的な土器は、大船渡市赤崎町大洞(おおほら)の国指定史跡・大洞貝塚の調査から詳しく編年されるようになった大洞式土器である。同遺跡の調査は大正時代から継続され、土器は古い順に大洞B・BC・C1・C2・A・A′に区分される。

  同展では、盛岡市内の遺跡から出土した土器をほぼ年代順に展示。デザインの移り変わりや凝った文様が間近に見られ、視覚的にも楽しめる。展示を担当した神原雄一郎文化財主査は「学問的なことよりも、土器の文様の美しさや縄文人の優れた能力をぜひ見てもらいたい」と話す。

  上平遺跡からは大洞B〜C2式、特にB・BC式が数多く出土。宇登遺跡では大洞C1式の特徴である浮き彫り的な雲形文、大洞C2式で特徴的な退化した直線的な雲形文、工字文へと移り変わる様子の分かる土器が出土している。手代森遺跡は大洞B式から弥生時代に至る遺物が出土した遺跡。大洞式最後の土器である大洞′A式が多く出土している。工字文が描かれた台付きの浅鉢のほか、工字文が施されたつぼや深鉢など弥生時代をほうふつとさせる土器が数多く見られる。

     
  土器のデザインをじっくり見られるよう工夫された展示  
  土器のデザインをじっくり見られるよう工夫された展示
 

  手代森遺跡からは、クマらしき動物を模した突起の付いた「動物意匠付小形深鉢形土器」も出土。今回初公開されている。同土器には、成獣と幼獣とみられるクマが向き合うように形成される。本物のツキノワグマの親子の特徴が再現され、親グマの胸元には月輪を模した半円も描かれる。縄文人のイメージを意匠にする力が優れていたことが伝わる。

  同展ではさまざまな角度から土器の作りや模様が見られるよう、展示方法も工夫されている。神原主査は「有名な大洞や青森県の遺跡に引けを取らない文化が盛岡にもあったことを見てもらいたい。また考古学に興味のある人だけでなくデザインを勉強している人にも見てもらい、縄文人の手法を感じてもらえたら」と話している。

  午前9時から午後5時(入館は同4時半)まで。入場料は一般200円(団体160円)、小中学生100円(団体80円)。小学生未満、市内在住65歳以上、障害者手帳を持つ人と付き添い1人は無料。休館日は毎週月曜、毎月最終火曜。29日〜1月3日も休み。


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