盛岡タイムス Web News 2015年  12月 12日 (土)

       

■ 〈体感思観〉 編集局 飯森歩 ボーカロイドに癒されて


 
 先月、ある記念行事でバーチャルシンガー初音ミクと県内児童生徒らが共演した。合唱団とオーケストラと初音ミク、CGモーションが融合。可憐(かれん)かつ荘厳な音楽で観客を魅了した。

  初音ミクはヤマハが開発した音声合成技術で、ボーカロイド(ボカロ)と言われる。アマチュア音楽家らがそのソフトウエアで曲を作り、インターネット上に発信して話題を集めた。今では鏡音リンや巡音ルカなどの「ボカロ歌声ライブラリ」が増え、楽曲は12万曲を超えている。

  機械音の声に抵抗を見せる人もいるが、声の抑揚や揺らぎなどは(人間ほどではないが)うまいものが増えたと思う。ただ、従来の音楽とボカロの楽しみ方とは異なると感じている。ボーカルが人間でないからこその楽しみ方がある。

  まず、楽曲通じて好みの作曲・作詞家を発掘できる。通常はボーカルの技量や音域、イメージなどに合わせて制作し、発信先もある程度限定される。ボカロにはそれがない。制作者の思いのまま作れるのだ。曲、詞ともに遠慮やこびがなく、制作者の率直な思いと世界観で満ちている。歌詞には人間の弱さ、ずるさ、焦燥、色情、独善主義など人間の闇部分を色濃くありありと映し出している。制作者の素≠竦h辣(しんらつ)さ、人間らしさに触れられるのは非常に興味深い。人間のマイナス部分とされる感情「嫌い」「消えたい」「できない」を一切隠さず、独自の表現で描ける才能にうっとりする。明るくポップな曲もある中、そういう曲にひかれ共感してしまうのは笑うしかない。

  ボカロは映像クリエイターや歌い手の掘り起しにもなる。動画サイトで「うたってみた」のカテゴリに入る派生作品は約70万動画。オリジナルの歌い方が(あるようで)ないから歌い方に正解がない。歌い手の個性や感性が生かされる。音楽に合わせる映像もまた、日本のクリエイターはすばらしいなと思わせるものばかりだ。人の声を聞くのにうんざりして聴き始めたボカロ。今や私の感情を代弁してくれる大切な癒やしだ。


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