盛岡タイムス Web News 2015年  12月 29日 (火)

       

■  〈おらがまちかど〉83 藤澤則子 盛岡市 山岸2丁目地内 香り伴う師走の風物詩 川代魚店 店頭に新巻鮭ののれん


     
  新巻きザケを冷たい風にさらして干し具合を確かめる川代修一郎さん=山岸2丁目・川代魚店  
  新巻きザケを冷たい風にさらして干し具合を確かめる川代修一郎さん=山岸2丁目・川代魚店
 

 盛岡市山岸2丁目の川代魚店にこの冬も新巻きザケののれんができ、師走の風物詩となっている。創業84年になる魚店二代目の川代修一郎さん(82)は「山岸生まれで、ここで商売を続けている人も少なくなったが、常連のお客さんもいる。信頼に応えられるように頑張りたい」と笑顔も若やぐ。

  川代魚店は、松園方面から国号4号に突き当たる通行量の多い道路に面する。12月に入ると、北海道産の新巻きザケが冷たい風にさらされる様子が通行人・通勤のドライバーらの目に触れるように。年末の贈り物・正月用に好まれ、この1カ月に出る新巻きザケは約90本。山岸地域のほか、松園、三ツ割などから訪れる客もいるという。

  新巻きザケは1週間ほど風にさらして干し上げることでうま味が凝縮されるため、予約の札をぶら下げて時期を待つ新巻きザケも目立つ。

  川代魚店は、川代さんの父の鶴蔵さんが1931年に創業。川代さんは盛岡商業学校(現盛岡商高)を52年に卒業し同店で修業を始めたが、翌53年に鶴蔵さんが死去。20歳前で店を継ぐことになった。

  川代さんが小学校を卒業した年は学校の制度の移行期にあたり、試験を受けて盛岡商業学校に入学。中学の3年間を含めて同校で6年間学んだ。「自分の一つ下からは加賀野中学校(後に下小路中に統合)に進んだ。昭和8年生まれだけが面白い経験をした」。卒業が近づくと県内外の銀行、大手証券・建設会社などから好条件の求人が殺到し掲示板を埋めた。

  「高卒の初任給が3千円だった時代、6千円の求人もあった。それでも県外に出ていくのは東京に親戚がいる人など少数で、多くは盛岡に残り銀行などに就職した」

  家業を継ぐ道を選んだ川代さんも父亡き後、母のハルさんの支えで営業。結婚後は妻の圭子さん(76)と商売に励んだ。

  店を継いだころ町内に残っていたかやぶきの民家もとうになくなり、町並みも大きく変わったが、午前3時半には起床する魚店主のスタイルは一貫。40年来の趣味の写真も「撮影は日曜(定休日)の午前中だけ」と徹底しているが、給食に生鮮食品を納品している山岸小の行事だけは可能な限り出席している。

  「商売を続けられるのも地域の人たちのおかげ。便利な店が増えたと思うが、『川代さんの物なら間違いない』と思ってもらえるよう、鮮度を見る目を養い、励んでいきたい」と話している。
    (藤澤則子) 


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