盛岡タイムス Web News 2015年  12月 30日 (水)

       

■ 〈日々つれづれ〉306 三浦勲夫 父さん日記


 
 
 「古事記」は音読みの漢字(万葉仮名)とカタカナで書かれた。宮中の業務日誌は漢文で書かれた。「漢文日記」という呼称を論文で読んだ。「土佐日記」(紀貫之)は平仮名と漢字で書かれた。平安朝の「日記文学」も、平仮名と漢字で書かれた。「蜻蛉日記」、「紫式部日記」「更級日記」などである。「枕草子」、「源氏物語」などの随筆や物語もそうである。「女文字」というので、平仮名だけで書かれたのかと思われがちである。

  新しい日記帳を買った。新年からは「日記帳」を持って外出しようと思う。「行動記録」から「日記帳」に転記する時間が惜しいし、転記するのが面倒だからである。日記帳に、行動記録も書けばいいではないか、と思いついた。そのため大型ではなく、準大型を買った。せわしい師走も、今年の日記帳を携えて外出するうちに、案外、実行可能性はありそうだ、と思うに至った。「土佐日記」ならぬ「父さん日記」である。

  紀貫之も土佐に旅したとき、文具箱にでも、紙を入れて移動しては、書き留めたであろう。松尾芭蕉も矢立や紙を適宜の場所に携えて、歩いただろう。私は自動車の助手席に、日記帳を置く。移動するたびに適宜記録する。帰宅すると家に持ち込む。家では、家の中のことを書く。「転記」は日を重ねるうちに、おろそかになる。

  その昔の男文字・真名字(漢字)を楷書(かいしょ)で書くのは時間がかかる。女文字・仮名字(ひらがな)で書くと、すらすらと、流れるように、早く書ける。ここまで書くと、アルファベットはどうか、となる。アルファベットには、活字体(大文字、小文字)と筆記体(同)がある。古くは筆記体が大人の証しででもあるかのように、活用された。今は、筆記体は敬遠され、活字体、あるいは活字体を少し崩した形を混ぜて書く。西洋でも日本でも事情は同じで、筆記体など知らない世代が増えている。

  日本では平仮名は「漢字を崩した形」という認識が、ほとんどなされずに使われている。しかし、さらに漢字を崩した行書、草書になると、便利さは減り、読める人、書ける人は激減する。英語では筆記体をcursive scriptという。「流れるような書体」である。古い世代は、筆記体を学校で習った。今でも、私は筆記体でノートに書く。しかし、いつごろからか、教室の黒板には、活字体で書くようにしている。

  話は「日記帳」だった。紀貫之の「土佐日記」の冒頭を思い出す。「をとこもすなる日記といふものを、をむなもせむとてするなり」。「男の日記」は宮中の官吏の「業務日誌」であったという。漢字を使い、漢文で書いた。「女の日記」は、私生活にまつわる記述が中心となった。しかし、字の読み書きは、特権階級のみに許された「知識」だった。今ならば、IT知識にあたるだろうか。「ITリテラシー」と言えば「IT知識」だろうが、もとの意味は「ITの読み書き能力」である。

  タブレットでノートを取る。キーをたたけば日記も書ける。漢字変換を人工頭脳が行う。漢字の決定や筆順は機械任せである。しかし文字の指先感覚が薄れる。指先感覚が足先までつながるのは、五郎丸選手(ラグビー)のフリーキック前の「儀式」である。スクリプト(手書き)が「スクリブル」(走り書き)になっても、日記は手で書こうと思う。
(岩手大学名誉教授)


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