盛岡タイムス Web News 2016年  1月 1日 (金)

       

■  新盛岡市 玉山合併10年 一体感高め市勢発展へ 自治区廃止も個性伸長を 9日に記念式典


     
  石川啄木歌碑の建つ渋民公園から、ふるさとの山岩手山を望む。すぐそばをふるさとの川北上川が流れる  
  石川啄木歌碑の建つ渋民公園から、ふるさとの山岩手山を望む。すぐそばをふるさとの川北上川が流れる
 

 2006年1月10日に盛岡市と玉山村が合併し、新市が誕生してから今年で10周年を迎えた。新市建設計画の未完了事業、国政選挙区割りの見直しなど、今後の課題もあるが、両市村はこの10年間、消防団など各種団体の統合や行事による住民の一体感の醸成などが一定程度図られてきた。設置期限により地域自治区「玉山区」の名称はなくなっても、特産品の生産拡大に意欲的な若者の動き、地域の伝統文化の継承に努める子どもたちなど、玉山の歴史や文化は次世代に確実に受け継がれていく。9日には市内のホテルで10周年記念式典を開き、節目を祝い市勢のさらなる発展に決意を新たにする。

  合併に向けて両市村は04年3月に盛岡市、矢巾町、玉山村による盛岡地域任意合併協議会を設立。同11月には2市村による盛岡市・玉山村合併協議会が設立された。05年3月の合併協定調印式を経て、06年に合併を施行。合併により、約886・47平方`と県土の約6%を占める広大な面積を有する市が誕生した。人口(05年国勢調査速報値)は旧盛岡市28万7186人、旧玉山村1万3554人で、30万740人となり、盛岡は特例市から中核市へ移行。旧玉山村には地域自治区「玉山区」が設置され、新県都・盛岡市がスタートした。

  旧玉山村は、1954年に玉山・薮川組合村と渋民村が合併し、翌55年には巻堀村を編入。郷土の歌人、石川啄木の古里として知られ、幼少期を過ごした宝徳寺、旧渋民尋常小学校などを訪れる人は絶えない。岩洞湖や姫神山など四季折々に美しい姿を見せる豊かな自然も魅力だ。

  旧盛岡市は、1889年の市町村制施行により誕生し、市村合併などの変遷を経て1955年に隣接する簗川村、太田村と合併、玉山村、滝沢村、雫石町の一部を編入、92年4月には都南村と合併して市域がほぼ確定した。東北自動車道や東北新幹線など交通の結節点として北東北の拠点都市であるほか、城下町としての情緒を有し、歴史や文化があふれる街となっている。

  合併時の新市建設計画では、行政区域が広がることで両市村が持つ人材や文化、観光、産業などの地域資源を有機的に連携活用すること、管理部門の統合による職員数削減や議員数の減少による効率的な行財政運営などが期待された。

  合併から10年を経て、3月31日には地域自治区の設置期限が終了する。玉山総合事務所は住民生活に密着した窓口業務の執行や地域振興策、コミュニティー施策を所管するため、現行の5課3出張所体制を維持。現在、同事務所が所管する188事業は、153事業を事務継続し、24事業(窓口のみ継続12事業)を本庁統合、11事業を終了する。現在の玉山区地域協議会に代わる組織として玉山地域振興会議の設置も決定している。

 
 


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