盛岡タイムス Web News 2016年  1月 7日 (木)

       

■  ふるさとの歌ありがたき 生誕特集・啄木と賢治 望む故郷に使命感 玉山区出身の工藤玲音さん(宮城大3年)


     
   「全国の啄木ファンでも、子どものころに渋民尋常小や(間借りしていた)斎藤家の掃除をした人はそうはいないでしょう」と渋民に生まれた縁を語る工藤玲音さん=石川啄木記念館ラウンジ・敷地内に旧渋民尋常小と斎藤家が見える  
   「全国の啄木ファンでも、子どものころに渋民尋常小や(間借りしていた)斎藤家の掃除をした人はそうはいないでしょう」と渋民に生まれた縁を語る工藤玲音さん=石川啄木記念館ラウンジ・敷地内に旧渋民尋常小と斎藤家が見える
 

 「故郷を離れて、より人間としての啄木を意識するようになった。啄木と同じ故郷を持っていることに、何か使命感のようなものすら感じる」。盛岡市玉山区渋民出身で、東北大学短歌会同人・俳句結社「樹氷」同人の工藤玲音(れいん)さん(21)=宮城大事業構想学部事業計画学科3年=は、同郷の詩人・石川啄木とその短歌を胸に置き、創作に励んでいる。(藤澤則子)

  盛岡三高文芸部時代「短歌甲子園大会2011」(同実行委など主催)で団体戦優勝、第27回全国高校文芸コンクール(全国高文連など主催)で3部門優秀賞など、若き詠み手として注目された。

  生まれ育った渋民を離れて3年目。仙台の地で心が動いた啄木の1首に「稀(まれ)にあるこの平(たいら)なる心には時計の鳴るも面白く聞く」を挙げる。工藤さんも高校時代、「日々はゆくたとえばシャープペンシルの芯出すようにかちりかちりと」と、日常を流れる時間をいとおしむような歌を詠んでいた。

  「105年前に亡くなった人とは思えない、今の時代でも共感できる新しさ、魅力がある」。小学生のころから啄木学習や「啄木かるた」に取り組み、その歌のリズム・語感を楽しんだが、「渋民にいて啄木は身近すぎて、特別に意識したことはなかった」。大学進学のため自身も渋民も離れ、身につまされたのが啄木の望郷の歌だ。

  「啄木の渋民への思いは、神童≠ニ呼ばれていた渋民時代への執着だったのではないか。悲しい、そこに戻りたいというより、そのときの自分に負けたくないという思いもあるように感じられた」。自身の性格を「負けず嫌い」と分析する工藤さん。輝かしい成果を残した高校文芸を経て、新たな創作への奮起になった。

  渋民中2年のとき、母の幸子さんの勧めで渋民俳句会に入会。「工藤節朗先生をはじめ、大人の人たちに褒めてもらい、うれしくなった」と熱中し、高校文芸部で創作の幅を広げた。

  宮城大入学後は短歌甲子園のOBでもある浅野大輝(ひろき)さん(東北大学短歌会主宰)の誘いで同短歌会に入会。15年3月に東京・角川本社ビルで開かれた「大学短歌バトル2015」で団体準優勝と好戦した。個人戦では「雪の上に雪がまた降る 東北といふ一枚のおほきな葉書」で最優秀方人賞を受賞。全国的に盛り上がりを見せる大学短歌界で存在感を放った。

  本県では、「文芸活動をしている若手の発表の場、居場所を作りたい」と県内高校文芸部で活動していた仲間に声を掛け、故郷文芸部「ひっつみ」(同人5人)を立ち上げた。県内外のコンクールへも積極的に応募している。

  「穂村弘さんやいろいろな歌人が出てきて、私たち世代に『短歌はハードルが高い、堅苦しい』という印象はあまりない。インターネットで短歌を目にする機会が増え、『いいな』と思う人が増えてきたのでは」。一方で、「高校の部活としてやってきた人が、大学生、社会人になったとき、続ける環境が少ないのがもったいない」

  「結社などでは若者不足と言われているが、書きたい人はたくさんいるはず。インターネットなどで結社や句会・歌会の情報がすぐに入手できる環境があるといい」と提案する。

  審査員を務めた「短歌甲子園2015」では、同大会OG・OBが全国からボランティアとして駆け付けてくれたことがうれしかった。「盛岡・渋民が故郷ではない人が、ここを心の故郷と思ってくれている。『短歌の原点は渋民』と思う人が増えていったら、これは本当にすごいこと」と、ふるさとの地に可能性を見いだしている。


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします