盛岡タイムス Web News 2016年  1月 20日 (水)

       

■  〈花林舎流庭造り〉50 よもやま話 野田坂伸也 漬物の記憶 


     
  カブ漬け  
 
カブ漬け
 

 終戦の年、私は4歳でした。父は幸い戦死することなく帰ってきましたが、両親は6人の子を抱えてあの食糧難の時代をどうやって乗り切ったのでしょうか。ご飯は米にヒエが混じっていて、冬の間みそ汁は来る日も来る日も干し菜汁でした。せめて豆腐か高野豆腐が入っていれば干し菜汁もおいしくなるのですが、ただ大根の葉だけ。一度、ふすま(小麦の皮。家畜の餌にする)の入った粉で作った団子を食べさせられたことがありましたが、これだけは食べられませんでした。しかし、それは極限まで飢えてはいなかった、ということかもしれません。

  3`ほど離れた山の上に2反歩の畑を持っていて、そこにはヒエと大豆を作っていたようです。これが一家の食料を支える上でずいぶん助けになったのだろうと思います。大豆を煮てみそ玉を作り、台所の天井からつるしてカビを発生させ、それを砕いて大きな樽(たる)に入れ塩と水を加えて、みそを造っていました。

  冬の間おかずと言えばわずかの魚と漬物でした。あのころ漬物は大きな樽に作り、冬の間中食べていました。物置に置いた樽から氷を割って取り出してくるのです。今のように蛇口をひねれば湯が出るという装置はなく、しかも今よりずっと寒い冬でしたから、主婦はずいぶんつらかったろうなと思います。

  母が冬に作っていた漬物は、大根のガクラ漬け、カブの漬物(名称は不明)の二つが主で、その他に高菜の葉の漬物もありました。「ガクラ漬け」というのは大根を鉈でガクッ、ガクッと割るようにして切っていくことからつけられた名だと言われていますが、実際には包丁で切っていたようです。カブの漬物はニンジンのように細長いカブを縦に切って漬けたものです。漬け方の詳細は私は分かりませんが、どちらも糀を入れるようです。

     
  大根のガクラ漬け。赤大根が混じっている  
 
大根のガクラ漬け。赤大根が混じっている
 

  年を取って肉や魚をあまり食べたいと思わなくなった代わりに漬物を食べたくなってきましたので、数年前から妻に頼んでガクラ漬けとカブの漬物を作ってもらっています。私はこの2つの漬物が好きで、特にカブ漬けは毎日でも食べたいのです。幸い妻は母からこれらの漬物の作り方を教えてもらっていたのでさっそく作ってくれました。しかし、どうも昔の母が作った漬物の方がうまいような気がするのです。錯覚かもしれませんし、昔の大根やカブがおいしかったのかもしれません。

  大根とカブは2〜3年前から自分の畑で作るようにしていますが、播種時期や間引きをきちんと守らないのでなかなか立派な野菜ができません。大根ではなく「中根」や「小根」だね、と妻には言われるのですが、漬物にはちょうどいいようです。

  カブはどこの産直でも、また種を売るところに行っても丸カブしか売っていないのが残念です。昔食べた細長いカブを売っているところをどなたかご存じないでしょうか。

  近年、日本は貧窮に苦しむ人が増え、特に子どもたちが食事に事欠くような状況が多くなっていると報道されています。一方で、放棄された農地が増えています。このような農地を借りてこのような人たちと一緒に野菜や穀物を作っていけたらいいな、と思っています。


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