盛岡タイムス Web News 2016年  1月 21日 (木)

       

■  〈風の筆〉130 沢村澄子 「褒めの善し悪し」


 指折り数えてみると、何だかんだでわたしは二十数年、書を教える仕事にいた。つまり、「先生」と呼ばれていたわけで、数年前にそれを辞めた今でも、いまだその癖が抜けきれていないところがある。

  高校、大学、公民館、カルチャーセンターと渡り歩いて書をしたが、合言葉は Anything OK@vは、何でもあり、ダメはありません、がモットーで、どうしろと言わない代わりに、その人がどうしたいのかを問い続けてきた。

  手本もなし添削もなし(高校、大学では古典を手本にもしたが)で、学ぼうとする人が、ただ自分と向き合う作業をする付き添いをしていたにすぎず、そうやって20年以上を過ごしてきたのだ。

  大阪人のあけすけさというか、何でも腹の中にしまっておけない気質でもっていつも、いいと思うときには思いっきり褒めた。しかし、また、母から「気の小さい子や」と言われ続けた性格もあって、よくないと思う時には何も言えず、だから、わたしに習った人はまず、褒められた記憶しかないのではないか。

  公民館の生涯学習講座では受講者全員がわたしより年上、ほぼわたしの親くらいの皆さんだったのだが、ある時、幼い先生が褒めまくるのに戸惑ったのか驚いたのか、ある方からまじまじと見つめられて、「しかし、先生は本当に褒め上手だね〜」と言われた。とっさに「その褒め上手を褒めるナカムラさんの褒め上手!」と返して大笑い。しかし、わたしの褒めが喜ばれる、あるいは効果的だった(のだろうか)のは、わたしが心底、本気で褒めていたからだと思う。お世辞や人気取りのためではない、ただひたすら必死で褒めていたから、人々は笑いながらこんなわたしの教室にいてくれた。

  教えることも教わることも何もありません、全ては自分で発見することです。でも、「それでいいから」わたしはそう言い続けてそばにいるから。そんな当たり前の肯定を、それが当たり前でない世の中で貫きたかった。「それでいいのだ!」少なくとも、芸術の世界でこのことが正しくないはずがない。

  それで、辞めてからであるが、先生を。その癖が抜けきれないで、やはりいいと思うときには仕事相手を褒めるのである。すると、よくなくて。仕事の進み具合が。うまくいかない。何でかなーと時折頭を抱えながらのこの数年を過ごしてようよう分かってくるに、利害関係なのだ、やはり仕事の関係というのは。教育現場とは違う。それで、褒められた人はいよいよ張り切って自分をやろうとし、どんどん自分を掘り下げたり増大したりし始めるが、そこにおいてそれがベストとは限らない。芸術家が主役でなければならない仕事にいても、わたしはなぜかいつも関係者に翻弄(ほんろう)されながらおろおろ雑用。周りは自由でわたしが不自由。他者が主でわたしが従。揚げ句の果てに「何をやっても許してもらえると思った」なんて言われたりするが、そんなバカな。誰かが「神のように創造し、王のように命令し、奴隷のように働け」と言ったそうだから、とことん働くことはいいとしても、やはり、どこかわたしが間違っているのだ。

  70人の部下を持って「私は彼らを決して褒めない」と言っていた人を思い出す。何となく意味が分かるような。肯定もせず否定もせず。そんな中庸に対等・自由はあるのかもしれず、そこから真の仕事(関係)が始まるのかもしれない。

    ◇   ◇

  個展「2016―Open」を25日から30日まで、盛岡市上ノ橋町の彩園子T&Uで開きます。よかったらいらしてください。
     (盛岡市、書家)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします