盛岡タイムス Web News 2016年  1月 24日 (日)

       

■ 未来予想図どう描く 震災5年で三陸復興F パネル討論で意見交換

     
  七夕太鼓を披露する森前組有志会の佐藤代表(中央)ら  
 
七夕太鼓を披露する森前組有志会の佐藤代表(中央)ら
 


  いわて三陸復興フォーラム(県、県教委主催)は24日、盛岡市松尾町の盛岡劇場で開かれた。2日目は全体会としてパネル討論が行われ、東日本大震災津波からの復興へ沿岸市町村で活躍する4人が登壇した。「岩手の未来予想図を描く」をテーマに、震災津波から丸5年を迎えるに当たり、復興とその先に描く本県の将来像について語った。

  討論には、陸前高田市の「うごく七夕まつり」森前組有志会の佐藤徳政代表、釜石市の「劇団もしょこむ」の小笠原景子代表、普代村・鵜鳥神楽神楽衆の笹山英幸さん、山田町・新生やまだ商店街協同組合の椎屋百代事務局長が登壇した。

  佐藤さんは高校卒業を機に上京し、震災津波から1年後に古里へ戻った。「できっこない」と周りから言われながら、2013年夏、うごく七夕をゼロから復活させた。同日は有志会メンバーで全12組で違うという七夕太鼓を披露した。七夕以外にも仲間と新事業の立ち上げに取り組む。

  「後輩たちに伝えたいのは、命があれば何でもできること。自ら見本になって示したい。誰もが強い信念を持っている。つながり合うことで前に進めることができる」と説いた。

  小笠原さんは昨年2月に劇団を結成。同3月に震災津波が題材の二人芝居を公演した。稽古場や公演場所が津波で失われた中、インターネットや全国から復興のため集まった仲間の技術や知恵を結集して活動する。

     
  パネル討論する椎屋さん、小笠原さん、笹山さん、佐藤さん(右から)  
  パネル討論する椎屋さん、小笠原さん、笹山さん、佐藤さん(右から)
 

  「ネットが発達し、釜石だから田舎だからできないことは少なくなっている。都会に行かないとできないのではなく、釜石でもできることを知ってもらいたい。そして釜石から出ても技術を身に付けて戻ってきてもらいたい。地元も新しいことを受け入れる気持ちを持って、どうせ続かないとばかにせず共有して応援して」と訴えた。

  椎屋さんは九州出身で2005年に山田町へ。小学6年で被災したわが子は潜水士になるため種市高に進学した。「次世代が仕事のできる環境を作ってあげないといけない。私の未来予想図は県全体でPRできる県民、地域になってもらい、縁もゆかりもない私のような者も定住できる岩手になれば」と期待を込めた。

  同日は達増知事が現在の復興の取り組み状況を報告。東北大災害科学国際研究所長の今村文彦津波工学研究分野教授が「東日本大震災での教訓を伝える−巨大災害の時代に生き残るために−」と題して基調講演した。県内外から約300人が参加した。


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