盛岡タイムス Web News 2016年  1月 28日 (木)

       

■  〈風の筆〉131 沢村澄子 スペイン編(1)「出立」


 スペインへは夜の飛行機を選んだ。羽田を立つのはあす(2015年12月3日)からあさってに日付が変わる頃で、今夜のバスで上京。ところが、そんな午前にわたしはまだ作品を書いていた。

  それで、昼食を食べた後、それを裏打ちしたところで電話が鳴ったのだ。東京の出版社が、そこが出している新聞に寄稿してくれと言っている。あす出国なのだと返事をしたら、「存じておりますが」に続くナントカカントカ…。とても丁寧な物言いの女性の編集者に「書けるという確約はできません」とやんわり断ったつもりが、「その時には連絡を」と、電話は切られた。

  午後スーツケースをまとめようと思っていたのに、急きょパソコンの前に座る。

  結局、気になることを抱えるともう何もできなくなるタチだから、早々まずそれをやっつけるのが早道である、の800字。ええいええいといつも通り、考えなしのただ勢いだけで、その崖っぷちを書き切った。

  そして、書き上げた原稿をメールすると、すぐに電話が来て、またまた丁寧な物言いの厚い御礼。携帯電話を顎と肩で挟んで返事をしながらパスポートや薬をテーブルの上に並べていたその時、「では、テロにお気をつけて」と言われた。

  今回、何人からも同じセリフを言われ、「大丈夫なの?」と心配顔をされるたび、わたしに一抹の不安が積み重ねられていたのである。それで、出立直前のこの時とばかり「どう気をつけたらいいんでしょうか」と聞いてみると、「じっとしていればいいんですよ。人の集まるところに行かず、部屋で動かず、じっとしていればいいんです」。彼女はすこぶる真剣にそう言う。思わず声立てて笑ったわたしから、自ずと不安が解けていくのがよく分かった。

  実は塩を持っていこうと思っていたのだ。テロ対策が塩なの?と友達には随分あきれられていたけれど、しかし、わたしは本気で塩で結界を張る気だった。ところが、その塩をスーツケースに入れ忘れてしまう。

  小心に暗雲が立ち込め、どうしようか、コンビニで売ってるかしら、と内心焦りながら夜行バスを降りたものの、しかし、塩を調達する暇もなく、東京での予定、その消化に奔走する。

  すると、奇妙なことが。あるデザイン会社の社長さんが、事務所で、はなむけにと言って、ゆで卵を包んでくれたのである。そして、「これも要るな」と、小さなビニール袋に詰められた、塩。社長さんは丁寧に丁寧にセロテープでそれに封をして、そのテープの端を、はがしやすいように少しだけ折ってくれた。

  旅に出るなら、夜の飛行機…。と、歌った歌手がいたっけな。その歌を思い出しながら、わたしは羽田空港で2個のゆで卵を食べた。そして、残りの卵と塩を懐に、カタール航空でまずはドーハへ。
(盛岡市、書家)


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