盛岡タイムス Web News 2016年  2月 10日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉312 三浦勲夫 薄紙厚紙


 「薄紙を剥ぐ(はぐ)ように」病が癒える。なんと繊細な表現だろう。では、厚紙は?「剥ぐ」はないが、裂く、破る、それとも、切る、か?「カード状の板」が英語の厚紙(cardboard)で、ボール紙は、ボードがボールになったらしい。「丸い紙」ではない。板紙ともいうが、木材のように固い板で家もできると聞いた気がする。

  「薄紙」はどう剥ぐか。自分の経験では、封筒を作る際の糊(のり)付け部分を丁寧に剥がすとき、「これだ」と思う。封筒を剥がして平らに伸(の)す。快感ともいえる作業である。指先で慎重に、端の糊のない部分を上に持ち上げ、そこから徐々に剥いでいく。調子よく「ピリピリ」と進む。時には糊の力が強すぎて、剥げない部分がある。そこでは薄紙が細長く残る。それを見て、紙の構造や製造過程を思う。

  楮(コウゾ)、三俣(ミツマタ)の繊維が浮いた水。和紙職人が、紙の成分を漉(す)く。植物繊維を平らに薄く濾(こ)して乾す。その過程で紙の層ができる。層に添って、自分は「ピリピリ」と薄紙を剥いでいく。紙は神聖な物で、しめ縄のお下がりを作る。宮司は幣串をふるって「おはらい」をする。「紙」は「神」にも通じる。「髪」にも「神通力」が宿り、力と若さの象徴となる。紙を漉(す)く。髪を梳(す)く。梳(くしけず)る。(薄紙を)剥ぐ、(薄髪が)剥がれる、はげる。「カミ」と「スク」、「ハグ」には、広く深い関わりがありそうだ。寒明けの日の光が、薄紙を一枚一枚剥ぐように、明るさを増してくる。

  冬至、新年、小寒、大寒、節分、そして立春へ。やがて彼岸の春分が3月後半。暗闇から明光へ。虫が土の穴から、地面にはい出るように、一歩一歩、春に近づく。地下から、地上へ。それも「薄紙を剥ぐ」繊維のような、繊細微妙な歩みである。

  「啓蟄(けいちつ)」は、3月6日ごろである。この時期になると、地下に眠るヘビ、トカゲなどの爬虫(はちゅう)類や、クマなどの哺乳(ほにゅう)類が、冬眠から覚めて、穴から地上に顔を出す。太古の原始人も洞穴から、姿を現したろうか?火の利用を知っていて、冬も平気で出回ったろうか。アメリカには、言い伝えがある。地下で冬眠するかわいらしい生物がグラウンドホッグ。ウッドチャックともいう。穴から出てきて、自分の影がなければ春が来た、影があれば春はまだ、と判断して、巣穴に戻って眠る。その日を「グラウンドホッグ・デー」と言い、「聖燭節(せいしょくせつ)」とも言う。ところにより2月2日だったり2月14日だったりする。プレーリードッグに似たひょうきんな小動物である。「啓蟄」と似通った考えである。

  春の便りは、フキノトウ、フクジュソウ、スイセン、ウメと続く。この時期にミサイルを発射して世界を驚かそうというたくらみもあるが、どうも与(くみ)せない。氷が張り詰め、雪解けいまだし、の感じでもある。聖バレンタイン・デーは、「愛の聖人」をあがめる祝祭日。チョコレート製造業界が便乗しているが、もとは鳥や獣が春に目覚めて、求愛をする季節にちなんだものとされる。

  「薄紙を剥ぐ」の話題が転じて、紙、髪、神、剥ぐ、漉く、はげるなど話を広げた。啓蟄、グラウンドホッグ・デー、バレンタイン・デーも、この季節である。節分の豆で邪気を払い、福を呼びこみ、人にも自然にも優しい春を呼びたい。
   (岩手大学名誉教授)


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