盛岡タイムス Web News 2016年  2月 18日 (木)

       

■  〈風の筆〉134 沢村澄子 スペイン編(3)「男と女」


     
   子どもたちは日付が変わる時間になっても路上でサッカーをし、バーにも大人たちと共にいる。ママに撮影許可をもらってカメラを向けるやこのポーズ。チョイワルは一日にして成らず。  
   子どもたちは日付が変わる時間になっても路上でサッカーをし、バーにも大人たちと共にいる。ママに撮影許可をもらってカメラを向けるやこのポーズ。チョイワルは一日にして成らず。
 
  空港から市街地までは鉄道を利用した。30分ほどでマドリードの中心部へ着く。

  大きなスーツケースを担ぎ上げて何とか乗車すると、向かいにいた男性が右手を胸に当て膝を折り、闘牛士のように深々と礼をしてくれた。その後も東洋人が珍しいのか、右に左にウインクの嵐。バスは前乗り先払いだが、この路線でいいのかオドオドしながら「How much?」なんて言っているわたしに、運転手さんたちはまず満面の笑みでウインクしてくれる。それがまたいずれも美形で。あのバスもこのバスも。

  スペインっていいところだわ〜とまず思った。美しいのは男だけではない。女も美しい。女はみな目元バッチリの「Like a virgin」を歌うマドンナみたいな化粧をして。

  髪型について報告すると、男性はまず短髪である。襟足から見事に刈り上げて、頭のトップの髪にわずかなニュアンスを作ってある。カット料金は1回1千円くらいのよう。女性は長い。70、80歳くらいにならない限り、みな、肩から背中にかかるロングヘア。若い女性のショートカットは本当に珍しかった(そのごく少数がさらに旅人の可能性もある)。

  男は男っぽく。女は女っぽく。何が「ぽく」で何が「男」で「女」かは知らないけれど、それが対で歩いていると、いよいよ「男と女」という感じがして不思議に思った。日本ではそんなに「男と女」を見かけないように思うのだ。

  二人連れを見ても、日本ではそれが夫婦に見えたり、恋人同士に見えたり、男女の友人に見えたり。つまり、そこでの関係性の方がこの目に映るのだが、ここスペインでは、その二人が「男と女」に見える。まずそんな印象を与えることが面白かった。

  どうだろう。日本人は役割や形式を重要視するんだろうか。スペイン人の方が、より本質的なところで生きようとしているような。大事にするところが日本人とは違うような。例えば、ケーキを買ったとき、厚めの段ボール紙にそのケーキを載せて、厚紙のワッカでそれにドームを作り、そのまま袋に入れてくれる。どんなに慎重に水平を保った気でホテルに持ち帰っても、クリームはあちこち袋の内側にくっつき、ケーキの形もかなり崩れている。でも、多分彼らにそこは問題ではない。しかし、食べ物はみなおいしかったし、市場の野菜や肉や魚も(そこで働く人も、買い物客も)みなイキイキハツラツとしていたから、そこには譲れないこだわりを持っている。しかし、イチゴを袋に入れてポイと手渡され、食べる時半分つぶれていても気にしない。多分。いや、運び方も慣れれば、何もつぶさなくなるのかしら。

  男と女がハツラツとしているせいかどうか知らないけれど、スペインでは多くの子どもたちを見た。路上で、街中あちこちで。日本で少子化と言われてもピンと来ていなかったが、スペインで見かける子どもの数の多さに驚いて初めて、日本は確かに子どもが少ないのかも…と思った。

  総じてスペイン人はイキイキしている。男からも女からも生気が横溢(おういつ)し、その塊(集合体)である街にも活気が感じられた。生きるということの本質に近いところで、人々は人生を楽しむために生きている、まずそんな印象を得た。
(盛岡市、書家) 


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