盛岡タイムス Web News 2016年  2月 22日 (月)

       

■  〈幸遊記〉267 照井顕 新沼好文のシンパシー・ナーヴァス


 2009年、東京のレコード会社「ウルトラ・ヴァイヴ」がディストリビュートしてくれた僕の自曲自演自唱CD「般若心経・照井顕&テクノ楽団」。その時のテクノ演奏(1997年7月録音)を担当してくれたのが宮古市在住のシンセサイザー奏者・新沼好文さん。あの世界一ポピュラーな、般若心経に勝手な節をつけて僕がギターで歌い、圧倒的な音圧のリズムにのせてシンセサイザーで演奏したそれは「生きるための経(今日)を楽しむ、明日のための今日(経)歌」。

  1970年代、テクノの草創者の一人であった彼は80〜90年代「シンパシー・ナーヴァス」「Dr.Numa」「O2 SOUL」と三つのネームで活躍、特にも95年のベルギーのKKレコードと専属契約を結んだ頃から、ダンスミュージック・テクノとして欧州に紹介され、97年5月には、何と!ラジオ・イタリア・ネットワーク・トップ100にて2週連続bPに輝き、その後もしばらくの間、上位にランクされ、LP、カセット、CDなど10作以上が世界のテクノを席巻した。

  「シンセサイザーでやれることは全てやった」と言っていた彼。その原点帰りともいえる世界最古の電子楽器「テルミン」の試作研究を行い2002年から製作を始め、2年後には寒暖の影響を受けないチューニング方式を完成させ野外でも使えるプロ用器種を発売したら、全国から注文がきて製作が追い付かない様子でした。テルミンとは、ロシアの物理学者・レオン・テルミンが1920年に発明した電子楽器(高周波を利用し楽器に手を触れずに空中演奏する)。

  そんな彼のスタートとなったのは中学時代、先生に「こんなに聴きやすい電子音楽があるんですよ」と聴かされたNHK-FMの試験放送。「それをきっかけに未知の音楽をやってみたくなった」と言っていた。そんな話から僕が担当していたFM岩手の番組の第5週分を彼に譲って、テクノを放送してもらった時期もあった。そして彼のスタジオ兼工房があった宮古市鍬ケ崎は、あの3・11の津波でさらわれ、町が消えてしまっていた。新沼さんはどうしているのだろうと、何人かに聞いていたら「品川に住んでいる娘さんの所に行っていたらしいが2年前(58歳)に亡くなられておりました」と、2015年に探し知らせてくれた人がいた。
(カフェジャズ開運橋のジョニー店主)



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