盛岡タイムス Web News 2016年  2月 29日 (月)

       

■  〈幸遊記〉269 橋本潤一の日本のことわざ米国編


 来たる3月4日〜9日(2016)「ジョニーと行く穐吉敏子への旅」(JTB)に参加する人たちのESTA申請をしていたら、NYから僕の店に来たのが、JUN!さん(橋本潤一・66歳)。やあ久しぶり!。彼はアメリカ・ニューヨーク在住のベテランデザイナー兼イラストレーターである。そこで思い出したのは2003年のこと。30年間持続した穐吉敏子ジャズオーケストラ、最後のコンサート(10月17日・カーネギーホール)とライブ(12月29日・バードランド)のNY公演。当時盛岡の広告会社に勤めていた森隆朗さん(現41歳)と知り合い、憧れのデザイナーがNYにいると聞き、名前を尋ねたら橋本さん。そこで12月NYへ僕と一緒に行ったら会えるよ!でNYへ。そこで橋本さんが紹介する会社へ就職内定。6年後には日本へ戻るはずが、すでに12年のキャリア。

  森君憧れの橋本潤一さんは宮城県気仙沼市の出身。日本の諺(ことわざ)100編をイラスト入りで英訳。「猿も木から落ちる」として1987年に米国で本を出版した人。彼は気仙沼高校を卒業。岩手大学特設美術科へ入学。バイトで新聞社の広告局でイラストをやり、長澤節の本に感化されて大卒後に上京し、セツ・モード・セミナーの学校に入学。卒後広告代理店に入ってはみたが、アルバイトのイラスト仕事が給料より多くなり、1年半で独立。

  さらに若いうちに自分の力を海外で試してみたいと思いをめぐらしていた1979年、ひょんないきさつからNY在住のステンレス版画家の佐藤正明さん(現75歳)が「日本での展覧会のため3カ月間空くNYのアパート、アトリエを含めて全部使っていいよ」となって奥さんとNYへ。そこでディスプレーのレタリングによる完成予想図などの仕事がたくさんあって何百枚も描いたという。学生ビザのつもりが1年半後にはグリーンカードがとれたほど、人と仕事に恵まれ、困った英語も「JUN!英語下手でもガッカリするな!オレのイタリア英語はもっとひどかった。それが今では何人も使っている“ユーキャンドウ!”」と言ってくれ、6人ものアート・ディレクターを紹介してくれ涙。その人たちも次々と仕事をくれた。また、90年代に手仕事がコンピューターにくわれ始めた頃、ゴルフ仲間がレタッチという広告写真修正を教えてくれ、その頃できた新会社の社員として現在があるのだという。持つべきは、友と仕事と、なぁ酒(情け)よ!。(カフェジャズ開運橋のジョニー店主) 


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