盛岡タイムス Web News 2016年  3月 1日 (火)

       

■  〈詩人のポスト〉 「女たちの椅子」北里志郎


  
緑色のペンキの剥がれた
鉄製の長椅子が老人施設の散歩道に
つくねんと一脚。
昨日まで屯していたのはだれだっただろう。
真新しい褥(しとね)の温まる間もなく
拒むことのできない呪文の歌声で
夫たちを見送り
帰る保証のない時を待ちながら
黒い雨にたたかれ
重い心の荷物を抱いてきた
女たちだっただろう。

くたびれた空は灰色だが
長椅子の背後のハッデが二本
白い花を咲かせて清潔だ。
周りにはナナカマドの赤い実が零れ散らばっている。
日溜りの匂いを抱き締めて
薄れゆく記憶の裂け目を辿りながら
静かに語り合っていた。

  若者や孫たちのために 私を信じて
  お任せ下さい〜
薄っぺらな大見得を切ったのは
だれだ。
手垢のついた日捲り暦を二、三枚残して
逸早くどこかへ飛んで行ったのは だれだ。

それでもだれの責任でもなく
歳月は規則正しく時を刻み、
たまに軋み、
散歩道は久留米絣の模様のように粉雪で被われ、
やがて新しいロゴマークのカレンダーで
やっぱり新しい数字が刻まれていく。
外では雪が降り積もり出し
地球のあちこちでは
無責任な独裁者たちのアジ演説に
民衆たちは領き 拳をあげて旗を振る。
くたびれたテレビには
そんな映像が きのうもきょうも流れてくる。

来る日も来る日も
じっと沈黙していると
侘しく切ない季節も走り出し
風花が舞い散る三月だ。
あの日の女たちの一夜の恥じらいのように
紅梅が喘ぐ風に咽(むせ)び出し、
細い光線の降り注ぐ昼過ぎ
手唾を終った女たちが
にこやかに散歩道に出始めた。
娘や孫たちがやって来る日曜日なのだ。
長椅子も新しく化粧され
周りの花木も
もっともっと大きくなって
どっさりと花や実をつけてほしい。




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