盛岡タイムス Web News 2016年  3月 1日 (火)

       

■  〈イタリアンチロルの昼下がり〉247 及川彩子 道化の不思議


     
   
     

 2月のイタリアと言えばカーニバル。通常、厳しい寒さも吹き飛ばそうと浮かれ騒ぐカーニバルですが、今年はまれに見る暖冬で、ここ本場ベネチアでは、いつもより盛大な祭りが繰り広げられました。

  カーニバルは、本来キリスト教の宗教行事。キリスト復活までの40日間を、肉を絶ち、慎んで過ごすため、その前日に許された無礼講の祭りで、仮面をかぶり、老若男女、身分も隠して浮かれ騒ぐのです。

  世界中から訪れる人々を魅了し続ける水の古都ベネチアでは、中世、バロックの華やかな衣装をまとい、能面のような、白く妖艶な仮面を付けた人々が、あちらこちらに出現。単なる仮装ではなく、エレガントで、歴史絵巻に迷い込んだような街歩きは、何度訪れても魅力的で飽くことがありません。

  誰でも参加できるこの仮装行事に、ふと自分も、現実を忘れ、何かまとってみたい衝動にかられます。そんな中、手軽さで観光客の人気を集めているのが、街角で売られているカラフルな道化師の帽子[写真]。1個1千円程度で、サイズも子どもから大人まで。記念に購入し、陽気な道化師で仮装の仲間入りです。

  その帽子は、角とその先に付いた鈴、色が特徴。大昔から「愚か者」の象徴で、宮廷などに仕えていた道化師は、ロバの耳の付いた帽子をかぶっていました。ロバは、ラテン語で「理性なき者」に解釈されるのです。帽子の角はその名残りで、鈴は「愚か者が近づいてくる」という合図。

  また、神経系に効き、笑いや狂気を引き起こすと言われているサフランの黄色、破壊・不名誉を表す緑色に、熱情・錯乱の赤が、道化の三原色です。

  道化を通して、人は、捨てられ、忘れられ、無価値なものに意味を見いだすすべを学ぶと言われます。道化師の帽子をかぶっただけで、なぜか解放感を味わえるカーニバル。祭りの意義は哲学にも通じる、深いもののようです。



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