盛岡タイムス Web News 2016年  3月 3日 (木)

       

■  歌人読み解き世界へ コロンビア大名誉教授 ドナルド・キーン氏 「石川啄木」(新潮社)を出版 英語版も


     
   記者会見するキーン氏(1日、東京の新潮社本社で)  
   記者会見するキーン氏(1日、東京の新潮社本社で)
 

 コロンビア大名誉教授のドナルド・キーン氏(93)の評伝「石川啄木」(訳・角地幸男氏)が新潮社から発刊された。文芸批評の原点に立ち返り、啄木の詩歌をテキストに、愛する日本を照射した。キーン氏は正岡子規を近代人、啄木を現代人と、ともに敬愛しながら読み分ける。日米の戦後史を生き抜いてきた文人が、青春の光と時代の影を刻印する魂に共鳴した。米国でコロンビア大出版局から英語版を刊行予定。母国語と日本人の美意識で、盛岡の先人の生涯をしたためる。(鎌田大介)

  キーン氏は1922年ニューヨーク生まれ。米海軍の一員として日本に進駐し、戦後は語学を生かして職を得て、文学研究に打ち込んだ。川端康成、三島由紀夫、安部公房、大江健三郎ら昭和の文壇と交わりながら、明治の文豪や古典を該博に論じてきた。

  京大の桑原武夫の紹介で、若き日本学徒として啄木に出合った。「ローマ字日記」の世界をさまよいながら、啄木論を書き上げた。「最初の日本語で書いた論文は啄木だった。ずっと啄木のことを考え、深い関心が続いた。どこから書くかを考えてきたが、わたしはその前に正岡子規を書いた。子規を読んでから啄木を書くのは自然だった」。

  2012年には新潮社から「正岡子規」を刊行。ライフワークの啄木に取りかかり、文芸誌「新潮」の連載をまとめた。「和歌は日本において美しいものだが、啄木は非常に醜いもの、恥ずかしいものも書いた。読んでそういうことを考えていたのかと驚くことがあった」と述べ、文学との境界線にぶつかることがあった。自らの天分をも越えようとした啄木の悲劇を、そこに読み解く。

  リアリストの子規、ロマンチストの啄木。キーン氏は「正岡子規も優れた詩人だが、子規が亡くなったとき、彼が読んでいたのはベンジャミン・フランクリンの自叙伝だった。まったく同じとき啄木はイプセンを読んでいた」と、同時代における感度の差に驚く。

  盛岡中学での挫折、上京と放蕩、北海道への放浪と望郷、生活苦と病魔、左翼思想への共感、家族の破綻。苦闘の人生と知性の行間に入り込み、限りない哀惜を込め、その手に不朽の歌を握る。

  「啄木はよく、短歌は現代の日本語で書くべきだと言った。明治の日本語であるべきだと。しかし彼の短歌は全部、文語体だ。どうしてか、彼は何も説明しない。彼にとってそれは彼の言葉だったからだ。文語体は自分が外国語でもなく、古い日本語でもなく、自分の言葉だった。しかし証拠がない」。歌人はいまなお、尽きぬ謎であり続けている。

  文壇のジェントルマンとして世界に「不来方」の橋を渡すが、心奪われはしても、啄木と友人になれるかどうかは怪しいと笑う。

  四六判378n、2376円。


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします