盛岡タイムス Web News 2016年  3月 3日 (木)

       

■  〈風の筆〉136 沢村澄子 スペイン編(5)「ホヤのスタジオで」


     
   人っ子一人いない、人の気配さえしない荒涼とした山間にスタジオはあった。厳しい山に遮られ、日が昇って明るくなるのは午前9時半。夜は満天の星空に天の川がハッキリ見えた  
   人っ子一人いない、人の気配さえしない荒涼とした山間にスタジオはあった。厳しい山に遮られ、日が昇って明るくなるのは午前9時半。夜は満天の星空に天の川がハッキリ見えた
 

 グラナダからバスでアルメリア州北部を目指した。そのナショナルパークの中に、今回滞在したホヤ・アートスタジオがあった。

  各国のアーティストがレジデンス(制作滞在)に来ていたが、わたしが訪ねた12月はオフシーズンだったそうで滞在者は多くなく、しかし、カナダ、オランダ、イギリスなどからの友人を得る。特に印象的だったのはセルビア人のターニャで、彼女は経済学を学んだ後、銀行に勤めたが一年で辞めたと言い、帽子を作るアーティストになりたいのだと語った。

  「自らをアーティストだと決めた日からアーティストよ!」とわたしは言った。「でも、銀行員の方がきっと稼げると思うけど」と付け足して笑って。その時、同時にウインクできなかったのが今でも残念で仕方がない。

  しかし、彼女は真顔で「システムの中で生きることに疑問があるのだ」と言った。「周りはみんな、人間が作ったシステムに飲み込まれて生きていることに何ら抵抗がないようだが、自分にはそれができないのだ」と。

  不思議なことに、英語はほぼちんぷんかんぷんのわたしがどうしてこんな厄介な話をターニャとできたのか。彼女の豊かな知性、柔らかな感性、深い愛情に依ったか、何だかわたしたちは言葉で会話していないようだった。

  ターニャとその難しい話をした夜、わたしはなかなか寝付けなかった。翌朝の散歩の間にもターニャを思った。

  アーティストだと決めた日からアーティスト。確かにアーティストに国家試験はないのだから、この判断に間違いはない。しかし、おそらくの問題は、その逆のケースにある。試験をパスすれば教員でも医者でも建築士でも弁護士にもなれるが、では、なった人間の一体何割が、今、ターニャが抱えている問題にぶつかるのか。いや、職業に限ったことではない。結婚した日から妻で、子どもを産んだ日から母、なのか。そうハッキリ決めた自覚もないままに、いつもわたしたちは。

  「銀行に制服はあったの?何色だったの?」とわたしは聞いた。「グレーで地味なデザインで」とターニャは身振り手振りで答えながら、そのせいだったかどうかは英語のニュアンスが分からなかったが、彼女は赤いタイツを履いたのだそうだ。そしてそれは、銀行の中でとてもクレイジーなことであったと。

  「グレーに赤はキレイにフィットしていたでしょう」と言いたかったが、その英文が思い浮かばなかった。それでその翌朝も、日本では見たことのないようなこの土地の厳しい岩の山肌や、その上空で輪を描いて飛ぶハゲタカの群れに目をやりながら、砂漠みたいにカランカランに乾いた山間の道をさ迷うように歩きながらわたしは、ターニャの緑がかったグレーの目を何度も思い出した。

  極論、何が大事かといえは「自分が決めること」なのだ。システムであれ、世間であれ、世界であれ、どの状況、自分がどこにいても、常に得体の知れないそれらの中で、もし自らを実証できる手立てがあるとしたなら、起こり続けるそれぞれのことに、瞬時逐一、自らが決定を下しゆくこと。しかし、これがなかなかできなくて、わたしは。もういい年になったというのにできないままで。そしてきょうも、あの雲のように流れ続けている。
     (盛岡市、書家)


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