盛岡タイムス Web News 2016年  3月 7日 (月)

       

■  東日本大震災5年目の検証(上)内陸防災は今 盛岡市内マンション 超高層に教訓積み上げ 急がれる住民の共助力


     
   震災以降に建てられたマンションに備えられている各フロアの常備品(盛岡市中ノ橋通)  
   震災以降に建てられたマンションに備えられている各フロアの常備品(盛岡市中ノ橋通)
 

 東日本大震災津波の起きた2011年3月11日。盛岡市はじめ内陸部も大きな揺れに襲われた。停電や断水、流通が滞り燃料・食糧も不足した。あの時、市民や地域はいかに災害へ備え、被害を減らすか考え、行動した。しかし、日常が戻り、不自由のない生活が続くと、意識は薄れがちになるもの。あれから5年。内陸の防災について改めて考えたい。(大崎真士)

  ■免震や防災倉庫

  古川まさ子さん(61)は15年10月、八戸市の戸建て住宅を離れて、盛岡市中ノ橋通にある超高層マンションへ移り住んだ。

  同6月から入居の始まった、このマンションは免震構造が特徴で、エレベーター2基中1基が停電後も自家発電で稼働する。1階には簡易トイレや担架など防災用具が収納された防災倉庫、各階のエレベーターホールのベンチを開けると、入居世帯分の水・食料など備蓄品がある。

  古川さんは10年前に夫に先立たれ、子どももなく独り身。11年3月11日に八戸市で被災し、停電が3日間続くなどの怖い思いをした。転居を考え続け、首都圏も視野に物件を探していた。

  防災防犯に対する関心が特に強かった。退職を機に気持ちが加速した。インターネットで調べて今住んでいるマンションが気に入った。ほぼ完売の中、偶然が重なって見学した当日に即決した。中央通で分譲中だった新しい物件も見ていたが免震構造はなく、空きも低層だけだった。

  ■市内で約170棟

  盛岡市内には現在、いわゆる「マンション」と呼ばれる中高層の建物が170棟程度あるという。ほとんどは震災前に建造されており、築年数が相当経過したものもある。

  震災の大地震による停電で、高層階の居住者、特に高齢者は階段の昇降など移動に苦労したと言われる。安否確認や給水のため、近隣に住む家族はじめ同じマンション住人の助けが必要とされる。

  若いファミリー層や高齢者世帯の占める割合、築年数や所在地域によって、マンションというコミュニティーの性格は千差万別だ。そもそも人付き合いの煩わしさを避けたくてマンションを選ぶ者も少なくない。

  居住者個々の自由は尊重されて当然だが、いざという時の協力や情報共有をどうするか。マンション入居者で構成される管理組合の役員、管理会社とそこから派遣される管理人らの日ごろの備えや考えが災害時に問われることになる。

  ■一つの大きな家族

  「ここからリスタート」。古川さんは今、もっぱら自分の足で情報収集している。健康のためウオーキングも欠かさない。

  「盛岡に顔見知りはいないけれど、震災を経験してコミュニティーで助け合いたいと感じる。おせっかいだと思われそうで遠慮してしまうけど、この前、思い切って若いお母さんに話し掛けた。『近くの他人』とも言うし、これから新しく関係を作っていけたら」

  マンションは一つの大きな家族─古川さんは期待を込める。


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