盛岡タイムス Web News 2016年  3月 7日 (月)

       

■  〈幸遊記〉269 照井顕 坂野のぼるのひとすじ音楽人生


 「愛の浜旅情」「太平慕情」「大橋旅情」「さらば高炉よ!」。ご当地ソングのさらなる地域版カセットテープ制作のための選考会で選ばれた4人の新人歌手が、生バンドをバックに歌い録音制作した、釜石オリジナル歌謡曲集が発表になったのは1989(平成元)年のこと。そして2015年に橋野鉄鉱山・高炉跡が世界遺産登録となった原動力のひとつにもなった歌「夢高炉」「橋野川残照」に至るまでの20曲余りの作曲や編曲を担当したのが坂野のぼる(本名・友雄)さんでした。

  彼は釜石在住のピアニストで今年16年1月5日に91歳を迎えたばかりだったが、2月21日帰らぬ人となった。昨年11月釜石で行われた作詞家・長柴政義さんの出版記念パーティーに元気な姿で現れ、久しぶりに話をしたばかりだっただけに残念です。奥さまの百合子さんが倒れられてから、何年も病院に毎日、自転車で通っていたそうですが、亡くなられてから、少し元気を失していたらしい。

  坂野さんは1925(大正14)年山形県米沢市生まれ、幼少よりハーモニカ、小学でピアノ、中学でギターを独学で覚え譜面も読めたことから音楽学校へ進むつもりが、戦争が始まり、兵隊へ。満州で軍曹になり少年兵の教育。45(昭和20)年、陸軍病院の警備隊に転属となった時その倉庫にあった楽器を見つけて、ひそかに楽しんだという。終戦後、日本に戻り音楽家を目指し上京。神田でギターを買い、若原楽団で弾き歌手や踊り子、浪曲師たちと学校回り。ためたお金で私立仙台音楽学校へ入学。卒業後まもなく自己のセクステットを編成。黒人演奏家のアドリブを参考にして譜面を写し書き、進駐軍クラブで演奏。

  NHK昼のプレゼントで1年半ギターを弾き、東北・北海道のキャバレー、クラブ回り中に、釜石のキャバレー「ゴールド」の立て直しを依頼され、4年演奏。「銀河」では16年。その後、自分の店「夜想曲(ノクターン)」を百合子夫人と開店。お客さんの歌伴をしながら、そこで多くのオリジナル曲を作曲し著作権協会の会員にもなった。そういえば89年9月、僕の県民会館大ホールでの初コンサートでは、何曲かバンド演奏や伴奏もしていただきましたね。来る3月10日正午より釜石シーガリア・マリンホテルにて故・坂野ご夫妻をしのぶ歌の会。お二人のご冥福をお祈りいたします。
(カフェジャズ開運橋のジョニー店主)


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