盛岡タイムス Web News 2016年  3月 10日 (木)

       

■  〈風の筆〉137 沢村澄子 スペイン編(6)「あなたがいるから」


     
   「艸」と書いた和紙で織った舟(全長70a)。奥の丸いのは、ターニャへの帽子「liberty」。牛乳パックには般若心経。これ以上ここにいたら、書をやめて水を作る仕事を始めてしまいそうだった  
   「艸」と書いた和紙で織った舟(全長70a)。奥の丸いのは、ターニャへの帽子「liberty」。牛乳パックには般若心経。これ以上ここにいたら、書をやめて水を作る仕事を始めてしまいそうだった
 

 スペインは乾燥の中に在る。どこもかしこも乾いている。わたしが滞在したスタジオは特に乾いた山間に在って雨は降らず、そこを流れるいずれの川にも水はなかった。日々徹頭徹尾の節水が呼びかけられる中、ついにある日タンクローリー車がやって来るという暮らし。

  山も厳しい。日本のそれとは全く違う趣にある。ゴツゴツしてなだらかさは微塵もなく、むき出しの岩肌がこの皮膚に刺さるような激しさで迫ってくる。緑に乏しいのもその印象に拍車をかけたのだろう、山が怖かった。

  日本で湿度を嫌う話は特に暑い夏に頻繁だが、ここに来て初めて、人間がその水分にどれほど生かされているかに感じ入る。人間だけではない。自然もやはり水がなければその命をまかなうことができない。そんな当たり前のことにようよう気付くくらい、乾燥がこの身を脅かす危機感としてにじり寄った。

  毎朝その乾いた景色の中を散歩に出て、青い空、日本では見たことのないような雲を眺めた。それで不思議に思ったのだが、なぜかわたしがまるで悲しくない。

  空が青いと
  わたしは泣きたくなる
  忘れていた小さな祈りが
  この胸に帰ってくる

昔、そんな詩を書いたのだ。実際、ポンとこの目に飛び込んでくる青空に、トツゼン泣き出してしまうようなトンチンカンなところがわたしにはあった。なのに、なぜだろう。スペインの空を見ていても全然悲しくない。

  毎日悲しくなかった。空が青いのに悲しくなかった。そしてトツゼン分かるのだが、わたしが悲しいのは、空が青いからではなく、人が悲しいから。人というものが全くいない人気の微塵もないこの土地で空を見ても、それはただ、ただの空でしかなかった。空が青いからでなく、人の悲しみが空にしみているから、わたしは泣きたくなり祈ったのだ。人がいなければ、祈る必要も書をする必要もない。

  それで滞在3日で書作はやめてしまって、後はその3日間に書いた作品を裂いて、こよりにして、編んで、舟を作った。この乾いた土地に住んで水を作るプロジェクトをおこそうとしているホストファミリーに「日本の草でできた紙に、たくさん艸≠ニいう字を書いた。草は水を貯えるから、いつかここの川に水が戻るかもしれない。その時、あなたたちはこの舟で海へ行ける」と。実際、ここでの人というのはこのファミリー4人と数人のアーティストばかりで、この地球にどれだけの数の人間がいて、わたしに親密な家族や友人が日本に何人いても、それをまるで思い出せないくらい、この土地は人の気配から遠かった。

  スタジオを出る前々日、ワークショップを開いた。大きな紙の四隅を持ってもらい、宙に浮かぶその紙にわたしは「いろは歌」を書いた。そして、右端を持ってくれたセサミに「誰が書いたの?」聞いたらと「あなた」と。左端のターニャに「誰の作品?」と聞いたらやはり「あなた」と。それでソロモンに「あなたの作品ではないの?」と聞いてみたら、「ボクは書いていないけど、紙を持っていたし、そばにいたから、ボクも何かしらこの作品に関わっているのかな」と。

  そうよ!あなたがいるからわたしは書く。あなたがいるから、悲しみばかりじゃない、喜びまでも書くことができる。
(盛岡市、書家)


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