盛岡タイムス Web News 2016年  3月 15日 (火)

       

■  〈イタリアンチロルの昼下がり〉248 及川彩子 カサノヴァ外交


     
   
     

 第二次世界大戦時に、ユダヤ人をナチスから救った外交官・杉原千畝の本に刺激され、外交史を調べると、「外交官」の仕事はイタリア発祥という興味深いことを知りました。

  さかのぼれば、遣唐使や、織田信長が派遣した欧州少年使節団なども外交官ですが、国家間の交渉という任務を背負う歴史は、15世紀ルネサンスのイタリアが始まり。戦争の収束が主な目的で、当時の共通語ラテン語と各国共有するキリスト教文化のおかげで、交渉が成り立っていたのだそうです。

  以来、欧州に広まった外交は、19世紀まで貴族・社交界での秩序ある交渉事として発展しましたが、貴族文化を持たないアメリカや、キリスト教的背景がなくとも、経済力のある日本などの台頭で、かつての外交スタイルが世界的に変化し、今は、本来の「交渉」でなく、自国を守ることに終始する、といった困難な局面を迎えているのだそうです。

  イタリアの外交官と言えば、18世紀のベネチア人「カサノバ」。毎年、ベネチアの風物詩カーニバルには、黒マントに仮面のカサノバが必ず登場します[写真]。

  奔放な恋愛遍歴が先に立つカサノバは、名門パドバ大学で法学博士号を取得し、実業家、小説家、音楽家など幾つもの顔を持ち欧州の社交界を渡り歩き、戦争収束から賭博交渉まで行う、外交の何でも屋でした。

  投獄、脱獄、逃亡の後、異国の地で、フランス語で自伝を書き、一生を終えます。その「回想録」は、当時の貴族社会を今に伝える名著として知られます。杉原千畝のような英雄ではありませんが、いつの時代もベネチア人代表として愛され続けているのです。

  3月末は、故郷・岩手の不来方高校音楽部のベネチアやミラノを回る4度目のイタリア演奏旅行。日本の民謡からイタリアの人気音楽に及ぶ広いレパートリーで、歌声外交が繰り広げられます。この若者たちを迎える準備が、ここアジアゴでも進んでいます。


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