盛岡タイムス Web News 2016年  3月 17日 (木)

       

■  〈風の筆〉138 沢村澄子 スペイン編(7) 「マラガ・バルセロナ」


     
   まだまだ建設中。しかしさすがに、クリスマスのこの日、工事はお休みだった。中国人観光客の団体に飲み込まれそうな、スペイン屈指の観光スポット  
   まだまだ建設中。しかしさすがに、クリスマスのこの日、工事はお休みだった。中国人観光客の団体に飲み込まれそうな、スペイン屈指の観光スポット
 

 ホヤ・スタジオを出ると、バスでマラガを目指した。そこはピカソ生誕の海辺の街。右も左もピカソで埋まり、お土産も壁紙も皆ピカソ。公園のベンチにだって石製ピカソが座っていた。

  しかし、街そのものはいたっておっとりしていて、何となく熱海を思い出させるノスタルジックな風情。5ユーロのサンセットクルーズではイルカの群れと並走することになり、大喜びの人間が「オレ!」「オーレ!」と最高のテンションで声を大にしたが、すぐに騒いだ人から順に静かになった。サングリアと船に酔う。 

  美術館や生家跡でピカソざんまい。美術館の目と鼻の先にあるこじんまりしたホテルに泊まってイブを過ごした。クリスマス当日は早朝ホテルを出て時速300`を超える列車に乗りバルセロナへ。日本の新幹線より造りがゆったりしているせいか、6時間近く乗っても疲れ知らず、約5千円。

  バルセロナの目玉と言えばガウディのサグラダ・ファミリアである。しかし、チケット完売で入れず。確かに外から見ても「あっら〜っ」と思わず声の上がるシロモノなのだけれど、なぜかわたしは昔からこれに違和感があった。今の時代のものでもって古い建築をしているあたりが気になるのか何なのか、目の当たりにしてもどうにもすんなり入ってこないから不思議。

  入場できなかった空き時間をどうしようかと、スタジオから同行の画家と道々。と、そこに、サーカスのポスターが。「見たことある?」「ある」「アタシ、ない」「見る?」「いくら?」ネット予約でなんと半額500円。

  それで、クリスマスはバルセロナでサーカス。イタリアのサーカス団がスペイン語でやっていた。ピエロの掛け合いに大人も子どもも大笑い。大喜び。この時ばかりはスペイン語ができないことが残念でならず、言葉が全てではなかろうといつも思いながらも、自分の貧しさが寂しかった。

     
   マラガの港で演奏するグループがあった。次第に集まってくる人々。踊り始める人々。とにかくスペイン人は陽気だ  
   マラガの港で演奏するグループがあった。次第に集まってくる人々。踊り始める人々。とにかくスペイン人は陽気だ
 

  翌朝、バルセロナのピカソ美術館(一体いくつあるのか!)に行き、とにかくその天才ぶりに圧倒される。特に、ベラスケスの「ラス・メニーナス」(プラド美術館で見ることができた)を題材とした連作は圧巻。見ているわたし自身が解体されてゆき、そのバラバラになった細胞の隙間から創造という自由な精神が湧き立ってくるような…。ここを去り難かった。

  それでも、翌日の出国に向けてバルセロナからマドリードへ。ところが、この移動に飛行機を予約していたのに、絵にのぼせているうちに既に3時半。フライトは4時20分。これに気付いた時、わたしたちはまだマドリードの駅にいた。

  ホームで列車を待つが、来ない。アナウンスが入るや、スーツケースを持った旅行客たちがこぞって改札へ走った。遅延なのか運休なのかそれも聞き取れず、乗れれば20分で空港に着くのだが、時既に3時40分。書類を出した相棒が「預ける荷物は40分前までの受け付けだって」と力なく言った。二人して制作道具入りのどでかい荷物があり、機内持ち込みは無理だから、その為の別途料金も既に払っていたのだ。フライト代も含めて全てが失われる。あと40分で。

  と、その時、わたしの中の誰かが叫んだのだ。「タクシーはないの?タクシーで行こう!」。
     (盛岡市、書家)


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