盛岡タイムス Web News 2016年  3月 21日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉271 照井顕 ジャズのウェスト・エンド・ブルース


  かつてヴィレッジ・ストンパーズの演奏で世界的にヒットし、日本でも大流行した「ワシントン広場の夜はふけて」今でも聴けばすぐさま10代の頃に戻ってあの曲でフォークダンスを踊った光景が目に浮かぶ。実はあれがデキシーランド・ジャズだったんだと気が付いたのは20代になってからのことだった。

  その舞台となったニューヨーク・マンハッタン島の南方、グリニッチ・ビレッジにその広場(公園)はあり、今なお昔を懐かしむかのように中年とおぼしきカップルたちが、ベンチで抱き合い、灯下に立ったままでキスをする目の毒的光景を見てきたばかり。

  その広場から程近いところには、世界一有名なブルーノートやヴィレッジバンガードといったジャズクラブがあり、僕が必ず行く「スモールズ」もある。この店は地下へ降りる階段の途中で10ドル払えば店に入ってバンド演奏が聴けるし、演奏できる人なら朝方のジャムセッションにも参加できる、新人登竜門の良心的な店。ステージのバックには、帽子をかぶり、トランペットを持ってニッコリ笑うルイ・アームストロングの大きな写真パネル。

  僕が行ったその日は3月6日の深夜だが、前日の5日ニューヨーク入りした僕ら17人は、50人乗りの大型バスをチャーターして、ラガーディア空港に近いコロナという地区にあの、ルイ・アームストロングのハウスミュージアムに行き、彼の晩年の生活ぶりを見聞、彼の奥さんがカトリック教徒だったことから信者の多いコロナに居を定めたことや、近所の子ども達のために寄付したり、楽器を教えたりと、住民からも尊敬された人だったという。

  サッチモと同じ時代に生きたコールマン・ホーキンス(ジャズテナーの元祖)は知る人ぞ知る存在の人で、現在穐吉敏子さんの住んでいる、セントラルパークウエストの同じ通りのななめ前位に住んでいたそうです。「サッチモは“ハロードーリー”のコマシャールで子どもにも知られる人になったけれど、彼の“ウエスト・エンド・ブルース”は、あんなの1本あったら死んでもいいってくらいの演奏ですよ」と穐吉敏子さんは僕に言う。そういえば穐吉さんが一番最初に買ったレコードは確かそれだったはず!と、とっさに僕の頭が反応した。 (カフェジャズ開運橋のジョニー店主)


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