盛岡タイムス Web News 2016年  3月 23日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉480 伊藤幸子 「百寿の先」


 亡きひとはことば持たねど亡きひとを話すあまたのことば聴きをり
                                    春日井建

 災禍の月3月を、瀬戸内寂聴、ドナルド・キーンさんの共著「日本を、信じる」を読んで過ごしている。ともに1922年生まれ、94歳のお二人が美と文学、老いと生死を語り合う姿がこの上なく自然体でひきこまれる。

  二人合わせて180歳(当時)、震災のとき寂聴さんは療養中のベッドの中、キーンさんはニューヨークにいらしたという。寂聴さんは「去年死んでいればこんな惨事に出会うことはなかった、生きているからこの辛さを味わっている」と思ったと述べる。そして気がついたら、それまで身動きできなかったのが自分の二本の足で立っていたという。

  キーンさんは、この時すでに日本国籍を取ることを決めていて、ニューヨークの家の整理にかかっていたとのこと。ようやく日本に帰れたのは震災半年後の9月1日だった由。そして2012年3月には日本国籍を得られた。

  キーンさんのことば「西洋美術の歴史はギリシャから始まりますが、ギリシャの神々の像は私たちを見ていない。ところが日本の仏像は私たち人間に大いに関心があるような表情でこちらを見ている」と書かれる。「うまし国ぞ大和の国は」とつぶやきながら東北路を歩かれる若き文学者の姿が思われる。

  起きてしまった災難のことをいつまでも考えていては気が沈み、未来を見据えることも困難になる。少しずつ日常をとり戻し、「なぜ一緒に死ななかったのか、なぜ生きているのか」との問いに、寂聴さんの答えは「残ったんじゃない、残されたんだと思う」とのこと。残された人々は、生きて誰かの役に立たなければならない。そして生き続けなければならない。

  お二人の語られる人生の三大事件が感慨深い。なんといっても一番大きな事件は戦争。二つ目はソ連がロシアになったこと。そしてアメリカのオバマ大統領就任を挙げられる寂聴さん。

  キーンさんは、自分の生涯で一番大事な出来事というとアメリカ海軍の日本語学校に入ったことだという。そこから現在まで、生活も仕事も交友もあらゆることに通じていると。

  生涯の友は永井道雄さん、中央公論社の嶋中鵬二さんとのこと。2012年4月7日付朝日新聞には「38年住まう自宅近くの旧古河庭園内で。初めて訪れたのは中央公論社長嶋中鵬二に連れられて」と、帰化直後のくつろいだキーンさんのお顔が明るい。日本を信じ、支えてくださるお二人の百寿の先を祈りたい。
    (八幡平市、歌人)



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