盛岡タイムス Web News 2016年  3月 26日 (土)

       

■ 〈体感思観〉編集局 戸塚航祐 文化財取材で学ぶ人の心



 11日、雫石町上野下沢田の上和野馬頭観世音本堂と旧堂が国指定文化財の登録へ動き出した。昨年末に同町に残る伝承を取材したが、同町の風土・歴史の一部だったと気付かされる。物言わぬ文化財だが、土地の風土や言い伝えと合わせさまざまなことを教えてくれる。

  馬とともに生きた県央部には馬頭観音信仰の跡が残る。馬頭観音は、競馬場や馬の厩舎(きゅうしゃ)で祭られ馬の神様として知られる。間違いではないが、馬頭観音の救いは全ての動物に差し伸べられる。動物の神様といってもいいだろう。

  優しい神様という印象を持つ人もいるが、馬頭観音は多くが怒りの形相で描かれる。諸悪を粉砕し「馬が草木を食べるように、煩悩を食べ尽くして災難を取り除く」と言われる、苛烈な面を想像させる。

  馬頭観音は柔和(にゅうわ)と憤怒(ふんぬ)の二つの顔がある。多くが怒りで相手に対する中、同町の馬頭観音像の石仏は穏やかな表情を浮かべる。滝沢市の南部曲がり家など、県央部は馬と一緒に暮らしていた。穏やかな表情は馬をしのぶ町民の心の表れかもしれない。

  現在は国道46号で秋田県とつながる同町は、道路の傍に庚申(こうしん)信仰の石碑が鎮座する。庚申信仰は中国の「庚申の日」に由来するが、日本では信仰対象が猿田彦、三猿(見ざる・聞かざる・言わざる)など土着信仰と習合した。

  雫石は秋田県との県境に近い。かつては行き倒れも多くあった。旅人の神ともいわれる猿田彦が、旅人を守ることを願ったのかもしれない。もしくは、死者が迷わないようにあの世への道標としたのではなかろうか。

  岩手山の近くには、蛇を祭った神社跡地が残る。蛇は畑を荒らすネズミを食べる。脱皮は季節の移り変わりに結び付き、豊穣(ほうじょう)の神としてあがめられた。一方で蛇は川と雨に結び付き、水害を起こす神として恐れられたことは想像に難くない。

  文化財はおもしろい。知るほどに土地の事情が分かる。同時に内面に潜む事情に注意を向けなければと気付かされる。ことわざに「外面菩薩の如く内心夜叉の如く」という、外見は優しく見えても内面に恐ろしい心を持つ人を例えた言葉がある。文化財を作ったのは人だ。どんな心が文化財という後世で評価されるものを作ったのか。見誤ってはいけないと雪解けの風景に思った。


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