盛岡タイムス Web News 2016年  3月 29日 (火)

       

■  〈詩人のポスト〉 「郷愁のすず」 齊藤駿一郎



   「すでこのすずの水飲みてぇ」
   母が病の床で弱々しい声コで言った

  ああ、今日の村のはずれのすでこのすずが
   かぽかぽと湧いて
   小波に陽が冷たく砕けているんだべなぁ
   と ふとおらは思う

  少年のおらはまるっきり
   鉄砲玉のように
   ふっとんですずの水を
   薬缶に盛り上げて帰ってきたのだ

  母は「うめえな すでこの水一番うめぇな
   おら すでこのすずの水いっぺぇ飲んだら
   心も体も透き通るようになるよだ
   丈夫で ええ母親にならねばなんねぇのにな…」
   と消え入るように微笑んだ顔を忘れない

  虹色の羽の糸とんぼが飛んでいた
   花菖蒲があちこちに咲いていた
   でもでも
   すでこのすずもとっくに
   埋められた 今

  遠く幻のように
   すでこのすずの湧く音を聴く

 母として妻として一生懸命生きたのに
  「体ももっと丈夫になって…」
  と母の声がかぽかぽと湧くように
  おらには澱のように…悲しい

   すでこ=地名     すずの水=清水のその水



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