盛岡タイムス Web News 2016年  4月 7日 (木)

       

■  〈日々つれづれ〉320 三浦勲夫 魚の目


 ヒエよりも小粒、直径1_あるかないかの魚の目がコロリと取れた。左足の小指の外側が、これのせいで痛んだ。それで1年前の冬、大きな冬靴を買った。それも今年脱ぐ時期になって、コロリと落ちた。春の靴に替えても良さそうだ。実際に試すと、当たらないから、痛まない。これまでに買った運動靴がいくつかある。我慢せずに履けそうだ。

  暖かい春がやってくる、魚の目が取れて安堵(あんど)する。芭蕉が健脚に任せて、奥の細道への行脚に出るとき、江戸千住で詠んだ一句「行く春や鳥啼(な)き魚の目は泪(なみだ)」。あの魚の目は、水中を泳ぐ魚の目だった。足から取れたのは、ヒエに似ていた。確かに英語で「コーン」(corn)は、トウモロコシ、その他当地特産の「穀物」であり、さらには「魚の目」ともなる。

  高齢者は筋肉が衰える。無理をすると関節炎、筋肉痛となる。肉体年齢は正直である。寝るときは、マットレスや布団などの寝具を大事にしなければならない。野宿、山小屋などでの一泊は年寄りには向かない。鍼灸(しんきゅう)マッサージ師の話によると、幼児は体にエネルギーがあり余っている。体が熱い。そこで体温を放散するために寝相が悪くなる。老人は体内のエネルギーが少ない。省エネ的寝相、つまり同じ姿勢で長時間、眠る。結果として、半身の下で出っ張っている大腿関節が圧迫されて関節炎を起こす、ということになるらしい。そこから、周辺の筋肉痛へと広がる。

  夫婦の話も深刻な現実味を帯びる。一番いい老後の迎え方は、二人で入れる医療付き老人施設で暮らすことだ。そのための経費を頭に入れてこれからを暮らさなければならない。自分の肉体年齢を受け入れ、かつ若返りも図っていければ、と思う今年の春である。傍らでは若い人たちがフレッシュに社会に飛び出していく。その若さは、活躍の力である。その若さはまた、悩みに体当たりしても、突破して、道を開く力である。

  高齢者がそれぞれの青春を思い出す陽春となる。私の青春はすんなり最短距離を行かなかった。出遅れのスタートとなったが、後悔はしない。だが、同期生や同じ職場で仲良く語り合った人たちが、一人欠け、二人欠けしていく。それが古希を過ぎたわが身の宿命である。しかし、世の中には、喜寿、傘寿、卒寿を越してなお、かくしゃくとしている人たちもいる。その道をたどるには、並々ならぬ苦労があるだろう。

  新潟県魚沼盆地は高級米魚沼産「こしひかり」の産地である。土地の寒暖差がこの米を作るという。ここから見上げるのが魚沼連峰で数日前、NHKテレビで紹介された。連峰は八つの頂を細い尾根がつなぐ。両側は目もくらむ絶壁、最後の八海山(はっかいさん)が最高峰1778bである。岩場を上り下りする「くさり場」が9カ所あるそうだ。古来霊山として、人々の信仰を集めてきた。見るさえ息をのむ登攀(とうはん)の連続だった。里山と呼ぶにはあまりにも神々しい姿である。

  その山を毎日上る夫妻があって、夫は80代、妻は70代。驚きのため息をついた。60代の男性は白の衣に菅笠をかぶり、ほら貝を背負ってのぼり、山頂で吹き鳴らす。20代からの修行である。山が鼓舞する人間の精神力と体力に十分触れた。
   (岩手大学名誉教授)


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