盛岡タイムス Web News 2016年  4月 22日 (金)

       

■  〈学友たちの手紙〉276 八重嶋勲 方面ハいづれ小田原方面とする


■ 404巻紙(毛筆) 明治四十一年二月十二日付

宛 [神奈川県]相州小田原在早川 清光舘 野村長一様
発 [東京市]小石川区小日向台町三ノ五八 岩動生[孝久・俳号露子]  二月十二日

物がわかると賞められた處ではじまらぬけれど、實際今ハ大に研究を要するテ、今度と云ふ今度ハ思ひ切つた大決心で豚宗に帰依しやうと思ふ、必要の場合にハ、學校なんか相暇を願つて航海保養でも海上生活でも佛国留学でも何でもやるデ、伊東がどうの葉山のかうのと別段騒ぐにも当らんが、ドーセ出掛けるんだ一寸慎重の態度もいヽぢやないか…とチト云ひ譯めくネ・・・・

所謂消立ことの部に属するものヽ内運動ハ物臭の僕にハ元来の禁物であつたから恐るべきでハない、勉強もよさう、色気ぬきも結構だ、ザル碁、助花共にやめるに何の悔ぞ、然るに僕近ハ苦労の中心点だ、それが大にイカンと思ハないでハない、けれどもこれハ中々豚式療法でも容易にいけまいと思ふ、と云ふのハこの家に移つて以来家内中の疾病、國元の病母が危篤ぢやといふ急報、いやこれハ又山又山の至りであつた、その中から一人抜け出して行つた處で後の為とが気にならぬ事ハない、そこで一人生活でハ到底考へ込まずにハ居られない、豚式どころか、藤村式などハ危い、など、大ゲサにいふ程でなくとも大に心配でハある、君が痩せた原因とハ内容に於て違つて居ても同じく苦労ぢやないか、同情し玉へど強請して見る・・・・・うまく行かなかつたらそれ迄・・・・

轉地ハ無論一人で行く積りだが、内見なるものも海岸は大によからうと思うし、小君も海岸へ於きたい、然しこれハ出来ない相談らしいのに痩せると豫言されてハ、豚宗禅師の手前遠慮せずバなるまい、ぢやないか、

處で場所ハ未だ迷つてゐる、方面ハいづれ小田原方面とする、葉山ハいいかも知れぬと君かいふが、タイクツなる点に於てはむしろ鵠沼以上だ、東宮避寒中でもあると多少賑かであるかも知れぬが、逗子停車場から一里などハ振いぬ、伊東か、もし海から遠いなら我輩の趣味にあいぬ、僕ハ衛生もさうだらうが、気持がよい處でなけれバいやだ、で、山の中ハあまりすかぬ、この点について今春伊東に居た事のある弓舘氏から詳細を聞くつもりだ、

兎も角二、三日中にハ出掛ける種痘ハつかぬときまつたから大丈夫だ、五十キロしかない痩躯にハ天然痘のやども餘地更に御座らぬ事と信ずる、さう其方ハ大丈夫出発に差閊ハはないか、一寸闌[?]費調達といふ最も大事な問題を解決せねバならぬ、この内に御上京の御野心ハ御座らぬか、出発前にこヽであへれバ都合がいヽ、僕が折角闌[欄?]門に辞をヒケらして行つた處で御大将御不在も恐れる、謹んでこの日曜頃御上京の有無を伺ひ度う存じます、こないだ大野コト元東洋舘の前を通つたから一寸立寄つたら君が来られたとの事であつた、いづれその内御目にかヽる光栄を得たいものだ、  不委[?]

   二月十二日
                 痩鶴居
    肥豚翁
      梧下

  【解説】岩動孝久は、紫波郡赤石村[現紫波町赤石]出身で、長一とは、紫波高等小学校、盛岡中学校の同級、同窓の親友中の親友。俳号露子。岩動孝久も病気療養中であるらしい。手紙の内容は、転地療養の相談である。



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